障害者の野望

僕は障害者になってから

「障害者でも人の役に立ちたい」

「障害者でも社会の役に立つことを証明したい」

と思い続けてきた。

なぜなら障害者になったからといって

人に面倒を看てもわなけば生きていけないような

人生は絶対に送りたくたいからだ。

と思っていたところ、、


ある本に出会った。

難病に冒され苦しんだ経験のある人が書いた本だ。

その本に書かれていた
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難病、もしくは障害を負うことによって人は多くの人から「助け」をもらう
だからよけ余計に社会に対して、少なくとも助けてもらった人たちのために
「立派な人間」になりたいと願う。でもそれが負担になる
周りはそんな「立派な人間」になってもらってほしいとは思っていない。
あなたがあなたらしくその範囲で(障害者の範囲で?)楽しい人生を
送ってくれればそれでいい
誰もあなたに「立派な人間」になってほしいなどと思っていない
そんなことを考えるとあなたの心の負担になり生きるのが余計に苦しくなる
だけだ
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・・と

ぼくはこれを読んで

くそっくらえ!

と思った

なぜなら

障害者でも人の役に立ちたいと思っているのはこの僕だからだ!

周囲が何と思おうと関係ない!

僕は障害者でも社会の役に立つ人間になりたいのだ!

周囲の人にどうのこうの言われる筋合いはない!

もうこれは志とか社会的善意などというキレイ事ではなく

僕の野望と言っても良いだろう

なぜなら

もし神というものが存在するのなら

僕にこんな苦しい障害というものを背負わせた

借りは神絶さんに対に返してやる!

そんな気持ちである。

だからこそ障害者でも健常者に負けたくない。

健常者に負けないくらい世の中の役に立ってみせる。

だって現にそういう人間がいるではないか


僕はあの有名な車椅子の物理学者スティーブンホーキング氏を尊敬している

彼はALS「筋萎縮性側索硬化症」という難病で発語や書字による

コミュニケーションがとれないにも関わらず、あのアインシュタイン

一般相対性理論量子力学を結びつけた量子重力論をつくるという途方もない

健常者でも到底なし得ないような偉業をなし得ているでなないか。


スティーブンホーキング氏の病との闘いの記述

僕も「障害者でも社会の役に立つことを証明」するための志(いや野望)を持っている

これはブログでも明かさない。

明かしたところで、到底無理と思われるだけだろうから・・

(たぶんこれまでの僕のブログをご購読頂いている方には推測できますが・・苦笑)

いいじゃないか、

障害者が健常者でも無理と思えるような志(いや野望)を持っても!

それを持つのは僕の心の中だけなのだから・・・

どこかの政党のように

マニュフェストに掲げるわけではないから誰にも迷惑はかけないし・・





人間・・

志(野望でも良い)のない人生なんて死んだ人生も同じだと思う。

たとえ身の丈に合わない感じる志でも野望でも、

それを(心の中に)持つのは自由だ。

そんな志を持つところから人は心をイキイキとして生きることができ、

立ちはだかる苦境を乗り越えることができるではないだろうか。