痛めつけられれば痛めつけられるほど強くなるのが人間

僕は叩かれれば叩かれるほど強くなるような気がしている

そればら僕はまるでM(マゾ)ではないか(笑)

でも意外と人間ってそういうものではないだろうか

機械は使えば使うほど摩耗が激しくなり、無理をすればするほど壊れる

自動車も走れば走るほど、タイヤハは擦り切れ弱くなる


でも人間は逆だ

走れば走るほど、強くなる

身体をいじめれば、いじめるほど身体は鍛えられ強くなるのだ。

また人の精神も同じだと思う

僕も障害者になってからというもの

痛みと不自由さに「攻められている」

そして攻められれば攻められるほど自分が強くなってきているように思う。

精神的にもそうだ。

小さい弱い柱だったかもしれないけれど、一家の大黒柱だった僕が障害者となって

「倒れてしまった」ことで身内で予想外の揉め事が起こった

仮家庭でも「軸」がブレると全体がちょっとしたことでトラブぶるものだ

建築物と同じと思った。

思わぬトラブルの連続で精神的にも相当「叩かれた」

でも今思うとその分精神は鍛えられ以前より「かなり」強くなったように思う。

だから僕は最近、障害は自分鍛え強くしてくれる絶好のツールだと思うようにしている。

僕の携帯電話の待ち受け画面にはこう書いてある

痛みは忍耐を鍛える

不自由は知恵を鍛える

周囲の無理解は精神を鍛える

そして僕は最強になるのだ


この画面を見て僕は自分を奮い立たせている。