障害者になって気付いた事(老いるという事)

障害者になって気付いた事がある。。

それは「老いる」という事はどういう事かということだ。

昔、ある人に聞いたことがある。

あなたは車で右折なり、左折なりするときに横断歩道をヨボヨボと

ゆっくりと渡る老いたおじいさんやおばあさんにイライラしたことはなですか?

でもね最もイライラしているのは、実はゆっくりと渡る

その老いたおじいさんやおばあさん本人なのですよ

若い頃のように思い通りに身体が動かないおばあさんやおじいさんが最も自分に対して

苛立ちを持っているのですよ・・と


そのことを思い出したときハッとした。。

今の自分が正にそうではないか!

自分のイメージする通りに身体が動かない。

正に横断歩道杖を付きながら、ゆっくりとしか歩けない自分が

上述の老人と全く同じ思いをしている自分がいることに気が付いた。

老いるということは正にこういう事なのではないか

そう思った。

僕は脳出血で人より早く老人になったようなものではないか

そう思うと、不自由な自分が少し許せると同時に老人の気持ちが分かるような気がした。

老いるという事はこういうことなのではないか。。

と・・

だから頭はボケていなくても、ゆっくりとしか動かない身体は老人になったと思えばよい。

つまり、「老いる」っていうことは

「自分のイメージ通りに、思うように身体が動かなくること」

意外と残酷だな・・とも思った

ならあっという間に老いた僕は浦島太郎のようなものか・・