障害は不便なだけ、不幸ではない。

ふとあることに気が付いた。

障害は不便なだけ、不幸ではないのだ。

不便は工夫すればなんとでもなる。

不幸は心の問題。

今の自分を不幸だと思う心こそが不幸なのだ。

悲しみ、憎しみ、怒り、妬み、そんな心を持つこと自体が不幸なのだ

たとえ障害を負って工夫次第でやれることはいいくらでもある

やれないことに目を向けるから悲しくなる。

やれないことはやれるように工夫すればそれで良いじゃないか。

障害による不自由や不便は不幸とは全く別物だ

不幸なんてに心の持ち方次第でどうにでもなる。

不幸と思う心がきっと本当に不幸なのだろう。

意欲・・

意欲さえあれば何でも前向きにやれる。

そして意欲があるときが心が一番幸せな時だと思う。

その意欲を尾持つためには。。

志を持つことだと思う。

大きな志を持つことが、

たとえ今の自分には到底到達不可能なような目標を志であっても

そんな大きな志を持つことが工夫を生み、意欲に満ち溢れ

心の安寧を得ることができ、幸せを感じることができるのではないか。

身体が健常であっても心が不幸であればそれは絶対的不幸だ。


だから

障害は不便だけれども不幸ではない。

意欲さえあれば不便なんて知恵と工夫で何とでもなる。