全てを失ったことが新しい世界への扉だったのかもしれない

僕は脳出血によって身体機能の一部を失った。

僕の場合、自分で会社を経営していたので同時に今までの仕事もすべて失った。。

大切な会社も、大切な従業員も全てを失った。サラリーマンと違い、労災も出ず、

リハビリである程度杖つきで歩けるようにまで回復したものの、

仕事への復帰は不可能という状況だった

だって戻る会社が清算してもう無いのだから・・

正に無職無収入だった。本当に絶望的な状態だった。


とにかくこの身体で一から仕事を探すしかなかった。

でも現実はき厳しかった。

そもそも50歳前の、、しかも身体障害者を雇用してくれる会社など皆無だった。

ただでさえ、リーマンショックの後の不景気である。採用してくれる企業などあるはずもない。

過去の職務経歴など何の役にも立たなかった。

企業は即戦力が欲しいのだ。身体障害者のような厄介者を採用する余裕などない。。

そのことを身に染みて痛感した。

正直もうダメだと思った。自分で何かするしかない。

といってもこの半身麻痺の身体で何ができるのか。

本当に思いつきだった。。。

何か社会の役に立つこと

そう役に立つことをしなければ報酬などもらえるわけがない。

既にそこには「仕事をもらう」という概念はなかった。


雇用してもらうとか、労働の対価としての賃金をもらうという考え方をしていては

この身体では不可能だということをあるときから悟っていた。

つまり企業から「採用される」ということはほぼ不可能ということだ。


何か社会の役に立つこと、、社会に役に立つ人間にならないと報酬はもらえない。


障害者だからといって誰も養ってはくれない。

世の中そんなに甘くはない。

何ができるのか。何をやれば良いのか・・考えた。。考えた。。必死で


それは本当に思いつきだった。。

テレビでオバマ大統領がグリーンニューディール政策なるものを打ち出しているのを見たときだ。


これだっと思った。

日本でも今後環境技術は重要になるはずだ。

でも当時日本にどんな環境技術があるのか今ほどマスコミなどで

取り上げられていなかったので一般の人には分からなかった。

せいぜいシャープの太陽光発電のコマーシャルが流れていた程度だったから・・

日本は技術力のある国だ。

それは倒れる前に日本の伝統工芸品(和包丁など)を海外向けにネット販売していた僕は

中小企業に優れた環境技術を持つ埋もれた企業があるはずだ。

勝手にそう思った。

そんな(埋もれた)中小企業の優れた環境技術を世間に伝えることができれば

「役に立つ」のではないかという安易な発想だった。

その情報をデータベースにしてネットで公開すれば「役立つ」情報になるではないか・・

そんなことを思い付いた。

環境技術などに全く縁のない僕いとっては無謀だったかもしれないけど、

他にできることもないし、思いつく事もなかったから半分ヤケクソだった。

ネットやこれはと思う書籍や雑誌で環境技術を調べ上げた。


そしてとりあずデータベースサイトを片手で作った。

そこへ調べた環境技術を登録していった。

登録していくうちにこれだったら世界に情報発信すれば良いのではないか

またこれも思いつきだった。

じゃあ英語のサイトにしてみようと考えた。

どうせ他にやることも無いのだし・・

そして雑誌や書籍やネットの情報だけでなく生の情報を収集しようと考えた

知り合いにたまたまエンジニアリング系の友人がいたので


「優れた環境技術を持つ企業は知らないか、知っていたら情報がほしい」と伝えた。


それがきっかけだった。

「優秀な環境技術を持っているのに世界にアピールできていない中小企業を海外とつなげる」


という活動がスタートした。


不思議なものである。。。

一旦そう決意すると情報がどんどん集まってきた。

人伝手に情報が向こうからやってきた。

いつのまにか仲間も集まってきた。

それが今のNPO法人のスタートのきっかけだった。。

そして昨年の東日本大震災原発問題が発生した。

海外向けに集めていた環境技術が日本で必要になってきたのだ。



まだ活発に活動をやっていける十分な収入にはなっていないけれど・・

この活動にあらたな生きがいを見出すことができてきたのだ。

運命とは不思議なものである。

もし脳出血になっていなかったら、環境技術になど縁のない人間だったに違いない。

一介の零細WEBサイト制作会社の社長に過ぎなかっただろう。

今、正直身体のことを思うと、辛いことはたくさんあるけれど、、

毎日が痛みと痺れと不自由さとの闘いで心がときどき挫けそうになるけれど

今の活動のことを思うと「挫けてはいけない」と・・思える。

活動実績はまだまだだけど・・

この活動は一生つづけていきたいと思う。

脳出血で失ったたくさんの大切なモノの代償に与えられた


残りの半生の「生きがい」だと思うから・・

全てを失ったからこそ開けた新しい世界なのだろう

僕のあらたな希望・・それはこれまでとは全く違う世界