中途障害者になるということ

僕は先天性の障害を持っているわけではなく、

ある時期まで45年間ごく普通の健常者だった。

だから当たり前にできることは当たり前にできていた。

強いて言えば水泳選手だったこともあり多少人よりは体力に自信があった。

中途障害とはある日突然そのほとんどすべての機能を失うことを意味する。

人が当たり前にできることとは・・

例えば・・

・まずは走ること。ジョギングなど・・

・片手でカバンを持ちながら切符を買う事

・片手でお茶碗を持って味噌汁を飲む事

・片手で書類を押さえながらホッチキス止めをする

・紙飛行機などの折り紙

・スリッパをは履くこと

・フードコートで片手でドリンクを持ちながらもう一方の手で料理を運ぶこと。
 
・階段を手すりを持たずに上り降りすること。

・紙幣を数えること。

などである

少なくとも上述の行動はすべてができなくなりました

ほんの昨日まで当たり前にできていたことができなくなる。

これが中途障害者の最も精神的にダメージを受けることです。

更に僕はいわゆるサラリーマンではなかったので、リハビリによって多少機能回復しても

元の職場に戻れることはなかった。

だって自分の会社は代表の僕が僕が倒れると同時に倒産して存在しないのだから・・

これまで45年の人生でそれなりに築き上げてきたモノは全て喪失してまった。

おまけに倒産した会社の負債まで背負うことになった。

無職無収入の状態なのに・・である

何としても働かなければならない。。と思った

だから障害者枠で就職活動もした。

全くの一からの就職活動であった。

学卒と同じである。

50歳前でしかも障害者・・そんな人間をっ雇おうとする企業は皆無だった。

リハビリ病院を退院した最初の1年間で50社に以上に応募した。しかし軒並み書類選考でアウト・・

たぶん年齢だろう。法律では年齢制限は違法だが現実は50歳近い人間を採用することは少ないだろう。

しかも障害者だ。。僕が人事担当でも書類選考で落とすだろう。。

不採用通知には年齢の問題でで不採用とは書かなくてよいから。。

これだけの数の不採用通知をもらうと人間、自暴自棄にもなるものだ。

自分が「役に立たない人間」になってしまったと感じたのも無理はないと自分でも思う。

失ったものの大きさをあらためて痛感した。我ながら残酷な仕打ちだなぁと思った。

でも

このままで終わるわけにはいかなかった。


だって妻もいる5歳の息子もいるのだ。

僕には彼らを養う義務がある

障害者だからという言い訳は資本主義社会の中では通用しない。

役に立つことの報酬としてお金をいただけるのだ。

役に立たなければ、たとえ障害者であっても一銭ももらうことはできない。


逆に役に立つ人間でありさえすれば、引く手あまたになる

それがビジネス社会というものだ。

そんな状況からの再スタートだった。

まずはこの身体でもできる「役に立つこと」は何かと考えた。

それだけを考えてここまでやってきた。

だから僕は「役に立つ人間」にこだわるのだ。

死ぬ瞬間まで「役に立つ人間」でありたいと思う。

死んだとき、「役に立つ人間なのに惜しい」と思われる状態で死を迎えたい。


断じて「死んでホッとした。もう面倒見なくてもよい」と

思われるような死に方だけは絶対にしたくない。