自己嫌悪なんてくだらい

時々自己嫌悪になることがある。

なぜ自己嫌悪になってしまうのだろうか

それは、ときっと自分が勝手に作り上げてしまった枠組みにとらわれてしまっている場合が多い。

「こうであれなければならない」とか

「こうあるべきだ」というような枠組みを勝手に自分で作ってしまい、

そこからはみだしている自分に対し、勝手に(ひとりで)嫌悪感を持ってしまっている場合が

多いのではないだろうか

僕自身、障害者になってから何度も自己嫌悪に陥ったものだ。

あるべき夫像やあるべき父親像を自分勝手に作り出してしまい、

それと対比してしまうのである、

そして「勝手に」自己嫌悪に陥っている。。

そんなもの誰も要求していないにも関わらずである。

ヴぉ久我障害者であることは皆分かっているのだから、

誰もそんなことを要求していないのに・・である


完全な「ひとり相撲」で苦しんでいたと思う。

今の自分で最大限努力できていればそれで良いじゃないか。

要するに「こだわり」とか「思い入れ」が自分自身を苦しめていたのだ。

そんな(ある意味身勝手な)「こだわり」とか「思い入れ」は捨ててしまえば楽になるのに・・

現在の等身大の自分の最善策をすればよいではないか。

これは昔経営コンサルタントという仕事をしていたときに多くの経営者にも通じる部分がある

ほとんどの企業経営者には自分なりの「こだわり」とか「思い入れ」がある。

商品についても「こだわりの一品」とかいうキャッチフレーズがよくある。

一見聞こえは良いように思うけど、


作る側の「こだわり」とか「思い入れ」なんて本当はどうでもよいのだ。

一番大事なことは消費者からみて如何に魅力があるかどうかではないか。


自分の「こだわり」や「思い入れ」に囚われて苦しみ、失敗することが多い。


特に老舗の後継経営者などはそうだ。

先代のやり方を守らねければならないという「こだわり」とか「思い入れ」を持ってしまう

経営者は数多くいる。

その「こだわり」とか「思い入れ」を守ろうとするために

多額の借金を抱え倒産するというパターンだ


結局(自分勝手な)こだわり」とか「思い入れ」を捨て、

マーケットが望む形態に臨機応変に変わっていけば生き残れるのに・・

こんな悪い意味での「こだわりの経営者」と今の自分を重ね合わせてしまう。


過去の自分にこだわってはいまいか?

結局過去の健常な頃の自分にこだわって今の自分と比較してしまい

自己嫌悪に陥ってしまう。。

勝手なもんだ・・

もっと今の自分にできることをキチンと見極め

「今の自分のベスト」を尽くせばそれでよいではないのか

朝からなぜだか自己嫌悪気味だった今日は、そんなことを自分に言い聞かせていた。

もっと今の自分らしく生きればそれでいいじゃないか