生かされている

生かされている・・・

以前まだ健常者だったころ、人間は生きているというよりも生かされている

と言っていた人がいたのを覚えている。


当時は「そうかなぁ・・」途いう程度にしか感じていなかったけれど


今、正に僕は「生かされいている」と実感している。


確かに「生きている」というより「生かされている」


障害者となって、死んだ方が楽だと思う事も未だにたくさんある。

できなくなってしまったことも挙げればキリがないくらいだ。

特にスポーツという類のものは一切できなくなった。

「スポーツで汗をかいて楽しむ」ことも二度とできないだろう。

山のハイキングとかもできなくはないだろうけど、

歩くこと自体まともにできないぼくにとっては地獄でしかない。。


今日はある紙をカッターで切りたかったが片手では定規を当てて

切ることができないので諦めた。

昨夜は昨夜で温泉旅館で宿泊したが大浴場の温泉が石畳のうえ、手すりが

ないので入浴は諦めた。。

できないことが多すぎる。楽しめない事が多すぎる

これで生きているというのか

こんな状態で生きていて楽しいのか。

それでも生きなければならないのか

そうだ


生きなければならないのだ。

死んではいけないのだ。そんなことは分かっている

正に「無理やり生かされている」感だ・・

では何のために?

生きるために生きなければならない?

死んではいけないから生きなければならない?

だから必死で「生きる意味」を僕は毎日のように問いかけている。

「生きる意味」を見出すのに必死だ。

これだけ何もできなくなってしまっても

ただ一つだけ楽しいことがある

それは人との「談笑」である。

談笑だけではない。人との議論も同じだ

この瞬間だけが生きている実感が沸く

身体で何もできなくても・・

左手が「全廃」と書かれても・・


人と繋がっていると感じることができるのだ。

このときだけはいつまでも談笑や議論をして「生きていたい」と思える。

ことときだけは「生かされている」のではなく



「生きている」・・と思う