煩悩があるから苦しむ?

仏教系の教えでは人は煩悩があるから苦しむという。

そこで僕なり考えた。僕はなぜ半身不随の後遺症に苦しんでいるのか

痛みに、しびれに苦しんでいるのか

これは僕に煩悩があるからなのか


だとしたら

煩悩とは人間の持つ生理的欲求に他ならないのではないか

つまり生きるために必要なものを欲求しているだけではないか

痛みを和らげたい・・

快楽を得たい等々・・

地位と名誉欲さえも生きるための生理的欲求ではないか。

なぜなら地位と名誉が得られれば、皆に守られる・・つまり生易いといことにはならないか。

でも

地位と名誉が得られても必ずしも生き易いとは言えない。

身体的痛みや快楽ももしかしたらそうではないか。

痛みが和らげば、快楽が得られれば、絶対に生き延びられるか

そんなことはないと思う。痛みがあっても、快楽がなくても生きる人は生きる。

だとしたら

そんな生理的欲求(煩悩)に振り回される必要はないのではないか。

そんな意味で煩悩を捨てる努力をすることは理にかなっていると感じる。

僕も一生煩悩を捨てる努力を続けていこう。


自分が苦しまないために・・