泣き明かした2m歩行できたあの日

脳出血で倒れてから初めて2m歩けた日のことを思い出した。

その日は嬉しくて一晩泣き明かした。

僕は脳出血でかなり大量の出血をしたらしかった。

それが原因なのか脳出血直後の僕の左半身は

いわゆる「完全麻痺」という状態だった。

これは経験してみないとわからないことでしょうが

左半身の全体の「存在」自体が全く分からない状態だった。

どこを触られても何も感じない

「存在」自体がわからないのだ。

急性期の病院では担当の脳外科医はそんな状態の僕をみて

最悪リハビリをしても回復しないかもしれない・・とまで

言われたことをハッキリと覚えている。

倒れて病院に運ばれてから1週間後からリハビリは開始された。

リハビリ医はまずはベッドで寝ている僕の左手を僕の頭に持って行き

髪の毛を触らせた「何か感じますか?」

僕は「なんとなく・・でも何に触っているかわかりません」

「なんとなくでもわかるんですね!すごいですよ!」

と言われたこと覚えている


それからというものまずは立ち上がるリハビリを開始した

平行棒の真ん中に車いすで座りに動く右手で棒を掴み

フニャフニャで何も感じない左足は装具で固定し、

右手だけの力で体を起こすのだ。立ち上がるまでに1か月かかった。。

でも右手を離した瞬間車椅子に座り込んでしまう。。



足の裏に刺激を与える(感覚入力)ために

裸足の足の裏に三角の上向きに尖った棒を置き踏ませ、

次に丸い棒を踏ませ「違いが分かりますか?」と聞かれる

何も感じなから違いもヘッタクレもない。。

「わかりません・・」

そんな状態でそれこそ僕にとっては熾烈なリハビリが毎日2時間続いた・・

そして2か月後やっとこさ立ち上がり右手を平行棒から話しても

1分ほど立っていることができる状態になった。

2か月必死でリハビリをしてやっとこの程度の状態だった

僕は半分もう立ち上がることはおろか歩くことはあきらめていた。

一生車椅子と寝たきりを覚悟していた。

そうこうしてリハビリ専門病院に転院・・


そしてさらに熾烈なリハビリ・・を続け3カ月後・・

あれは忘れもしない1月の下旬

やっとこさ立ち上がって・・でもそこからは何もできない。。


でも理学療法士が身体の中心にある筋肉(腹筋の近くで身体を支えている筋肉)

を刺激してから「さあもう一度立ち上がってみてください」

「そして左足を一歩前に出してみてください」と言われ、


恐る恐る左足を前に出そうと「意識した」


その瞬間だった。。


トン・トンと右足も前に出て2、3歩、歩けたのだ!

ほんの2mだったと思う

でもそれはその頃の僕にとって遠い遠い距離だった。

自分の足で歩けた!自分の足で!

その瞬間涙が溢れでてきた。

周囲の理学療法士も拍手をしてくれた。

歩行距離たった2mである・・


でも僕にとっては自分の足で身体を支え自分の足で初めて歩けた日だった。

もう半分あきらめていた歩行・・

それがたとえ2mでもできたのだ!

生まれてこのかたこんなに嬉しくて感動したのは初めてだった。

病室に帰ってから声を出して泣いたことを覚えている。

嬉しかったのだ。

一生歩けないと覚悟していた歩行ができた!

その晩は一晩中涙が止まらなかった・・

また歩けるかもしれない。。。

これが僕の回復の黎明期だった。

そして3年たった現在、まだ杖は必要だが100mは歩けるようになっている

そんな身体で自分ひとり東京まで行けるようになっている。

もちろん左手は「全廃」なので今でも全く動かない

でも100m自力で歩け、健常な右手がある

それだけで仕事ができる!

100m以上歩くととたんにヘバってしまうが、

それなら100m置きに休み休み歩けば何とかなる。

それにしてもあの「初めて2m歩けた日」は忘れられない。

大きな大きな「ハードル」を超えた瞬間だった。

僕の次の大きな大きな「ハードル」はきっとアフリカの大地に

立つことだろう。そしてアフリカの大地を自分の足で踏みしめて

歩くことができたなら、嬉しくてまた涙するだろう。

だってアフリカは健常者の頃から死ぬまでにはい一度は行きたい

と思っていて、さすがにあきらめていた事だから・・

そして今回アフリカギニアの支援の仕事である。

もしかしたらまた嬉し涙でアフリカの大地を濡らすことができるかもしれない

アフリカの大地は人類が初めて2足歩行できたところ・・

僕が初めてたった2mだけど、2足歩行できた日と被るのだ。

そんなアフリカの大を歩くことができるかもしれない。

僕の心の中でそんな期待が今高まっている。。。
$俺はまだ生きている!脳出血で半身不随になった元IT系社長のひとりごと


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