障害者になって気づいた事

脳出血でで半身不随という障害者になってしまった当初、

僕はたくさんのできなくなってしまったことに嘆いていた。

それまで当たり前にできたことができなくなってしまったことに

嘆いていた。

僕は健常者のころ、何でも自分でするタイプだった。

自分でやらなければ気が済まないタイプだった。

だから家でも料理でも掃除でもなんでもやった。

仕事でも人に任せることができず自分が背負い込むタイプだった。

ある意味「何でもこなせる人」だったと思う。

料理でもそれこそインドネシア料理から日本食や刺身まで

何でも作った。大根の桂剥きもできた。

そんな「何でもこなせる人」を自負していたのだと思う。

だからこそ「何もできなくなった自分」を受け入れる事ができなかった

でも、今思うと

何でもできるつもりでいたかもしれないけれど

僕ひとり、人間一人でできることなんて

たかが知れていたと思う

不思議なことに「何もできなくなった今の自分」の方が

「何でもこなせる人」だった健常者の頃の自分よりも

世界が広がっているのだ。

それはなぜかと考えてみると、

自分にできないことは「人にお願いする」ことしかできなくなり、

結果として「人にお願いする」ためには人とのつながりを

広げるしかなかったからではないだろうか。

自分にできないことをするためにはは「できる人」にお願いするしかない

お願いするには信頼関係を築かなければならない。

そのためには自分の情熱をアピールするしかなかった。

そんなことをしているうちに知らず知らずに


つながりが広がっていったのだと思う。

今では国会議員にまでつながりができている。

県会議員にもつながりができ、

この僕がなんとスマートシティの提案までしている

政治家にパイプができるなんて一SEだった健常者の頃の自分には

考えられなかったことだ。


今僕は障害者の自分についてこう考えている。


健常者でも障害者でもひとりに人間ができることには限りがある。

健常者だからといって何でもできるわけではない。

できないことはたくさんある。

そして自分にできないことはできる人にお願いすればそれで良い。

人間の手は所詮2本にかない。

2本でできることしかできないのだ。

阿修羅像のように8本の手があるわけではないのだ。

僕は2本の内1本使えなくなっただけじゃないか。

1本の手ではできないことは他の人に頼むしかない。

健常者だって、手が足りないときは人に頼むしかない。

同じことじゃないか。

そのためには人とのつながりを大切にすることだ。

それ(つながりとか協力者)さえあれば

障害者だって何でもできるじゃないか。

人間が生きていくためには誰しも「つながり」とか「絆」のようなものが必要だと思う

必ずしも「能力」が必要なのではない

つながり」とか「絆」のようなものさえあればどんなことでもでき、

どんな困難でも乗り越えていけるのではないだろうか。

決してキレイ事ではなく実感として今、そう感じている。