機械は「理論・理屈」で動くが、人は「熱」で動く

人間が希望を持って生きて行けるかどうかは、

周囲の物理的状況とは何の関係もない。

よく「希望を持つことができない日本にしたくない」

などという言葉を使う政治家がいるけれど、

希望を持つことができない日本って一体どんな日本なんだ?

と思う・・

何度もこのブログの記事で書いているけれど

希望なんて人間の心の中で持つものであり、周囲の物理的状況や経済環境

なんて何の関係もない。

どんなに苦しい物理的状況(例えば戦後の焼け野原のような状況や世界恐慌のような不況)であっても人の心の中にだけは「希望」を持つことができる。

それは「心の熱」だと僕は思う。

「心の熱」こそが世の中を変えることができるのではないかと思う。

機械は物理的論理で動くけれども、人間は「人の心の熱」(熱意とか情熱といったもの)

で動くものだと思う。

だからこそ心の中の希望が大切であり、心の中に持つ人間の志が大切なのだ。

心の中にそれがなければ、どんなに頭が良くても、どんなに知識があろうとも、

そしてどんなに物理的に恵まれた環境であろうとも、新しい発想も生まれないし、

技術革新もできないと思う。

僕は身体障害者になってしまったけれど、

そんな志と情熱だけは健常者に負けないと思っている。

それさえあればどんなものでも動かすことができると確信している。


機械は理論・理屈で動くけれど、人は理論・理屈だけでは動かない。

人は「熱(熱意)」で動くのだ。

そして世界はそんな人の「熱(熱意)」で変えることができるのだ。

そう信じている。

人間は「心の熱」がなくなってしまったら終わりだと思う。

死んでしまったも同然だと思う。

そんな意味で今の日本を見てみると、特に若者たちが「心の熱」が冷めてしまっているような

気がして危機感を持っている。

世の中が「閉塞状態」だという理由でやる気を無くしているなんておかしい。


閉塞状態」なのはその心なのではないか。

心を閉塞してしまっては終わりだ。

僕の身体は充分に動かず、「閉塞」しているように思えるけど


心の炎だけは消したくない。

それを消してしまうときは、僕の最期のときだろう。