小さいけど、とてつもなく遠い遠い夢

一昨日だったかホンダの三代目 アシモ君が発表された。

2代目からの最大の進化は指が人間と変わらないくらい使えるようになった事だそうだ。

欲しい!と思った

将来スターウォーズダースベーダーのよう身体に付けることができるようになって
麻痺したり切断され腕でも自由自在に動く手を取り戻す日が来るだろうか。

僕の夢、、

小さい小さい夢だけど、とてつもなく遠い夢

それは左手で御茶碗を持ってお茶漬けをかきこむように食べる事。

他の事は口を左手替わりにつかえばなんとかできるようになった。

柔らかいかばんのファスナーなどは片方を口で咥えて

右手でファスナーを引っばればなんとかなる。

口を左手替わりに使う事に恥ずかしいという気持ちも、もう無い。

人間、イザとなった工夫して何でもできるようになるものだ。

これが人の生命力というものなのかな・・・

こうなってみると、口とは実に便利なものだ。充分手の代わりなる。

しかしただ一つだけ左替わりにならない事がある。そ

れが食事のときの味噌汁やお茶漬けの茶碗を持つ事だ。

これだけはどうしてもできない。

だからお茶漬けは情けないかなスプーンで食べるしかない。

一度で良いから茶碗を持ってお茶漬けを口の中にかきこむようにして食べたい。

それが僕の小さいけど、とてつもなく遠い遠い夢

そしてもう一つの夢もある

それは左半身に痛みのない瞬間 (時間)を過ごすこと。

脳出血からもう3年、1秒たりとも痛みを感じない瞬間はなかった。

こうして記事を書いているときも左半身はジンジン痺れ、痛みがある

一年365日四六時中痛みと痺れを感じ続け、耐え続け もう3年になる。

あと何年耐え続けなければならないのだろう。

これは不思議な痛みである。

痛いと感じる箇所には何の異常もないのである。

血行不良もなく、腫れているわけでもなく、傷があるわけでもない。

中枢性疼痛というやつで、イカれた脳が勝手に痛みを感じているだけなのだ。

痛む箇所に何の異常もないから医者も対処のしようがない。

つまり痛みを取る方法が存在しないのだ。

癌などに使われるモルヒネさえも効果はない。

なぜなら
そういう痛み止めは抹消神経用で

抹消神経からの痛みの伝達を阻止するだけだだからだ。

抹消ン神経に痛みの「元」がなく脳に痛みを伝えてもいないのに

脳が勝手に痛みを感じているのだ。


幻覚のようなものだ.
だから、モルヒネなどの通常に痛み止めは脳などの中枢性の痛みに無効である。

痛みの感じる箇所に異常がないから誰も気付かない。気付いてもらえない。

だから、ひとり耐え続けるしかない。

これが無くなって欲しい。

これが無くなれば手足くらい動かなくても安息の日々を送れるだろうに、、

この痛みから解放はたぶん「死」以外にはないのだろう。

だから死後は魂なんて 残って余計な孤独を味わうことなく、「無」であって欲しい 。

「死」こそがこの僕の苦しみの「生」からの究極の解放であって欲しい。

だから「生きてるだけで丸儲け」と考えれば良いと勇気付毛てくれる方もらっしゃるけれど、僕はこんなに苦しいのなら。「生きてるだけで丸儲け」などとはとても思えないのが本心だ。

なぜこんなに辛い思いまでして生きなければならないのか

正に「現代医学に無理矢理生かされた」というかんじなのだ。

正直生きているだけ「丸儲け」どころか「丸損」かもしれないと思うことがある。

死んだ方がこの苦しみから解放されるなら、その方が「得」って感じだ。

それでも・・

生ある限り、どんなに身体が不自由でも、

どんなに身体が痛くても弱音を吐かず耐え続け、

この身体でできる限りのベストを尽くすから、

「死」くらいこの苦しみからの究極の解放にして欲しい。

だから、生ある限り絶対に負けない!

障害者でも健常者には負けたくない。
http://link.ameba.jp/120602/
人前で弱音も吐きたくない。

だからせめて左手で御茶碗を持ってお茶漬けを食べれるようになりたい。

そして、ほんの少しで良いか四六時中感じているこの痛みと痺れを和らげて欲しい。


それが今の僕の最大の望みかな

どちらも小さい小さい望み(夢)だけど、とてつもなく遠い遠い夢だな。

でも、

どちらも諦めるにはまだ早すぎるのかな