なぜ障害者になってからの方が事が成せる可能性が増えたのか

なぜ障害者になってからの方が事が成せる可能性が増えたのだろうか

僕は思う。

障害者にもか関わらず事をするらスゴいのではない・・と

逆に障害を背負ったからこそ可能性が開けたのだ・・と

なぜなら、

毎日が悔しい思いばかりしたからだと思う。

半身麻痺になった当初は正直言って

駅で目の前を歩く人をみるだけで悔しかった。

僕は「普通に」歩くことさえできないからのである・・

特にハイヒールを履いて歩く女性を見ると

自分が情けなくなったものだ。。

自分よりずっと細い足のくせにあんな不安定なヒールを履いて歩いていることが

腹立たしく感じたものだ。

本当のところ心の中では、

できるなら目の前を歩く連中の足を切り落としてやりたいという

とんでもない気持ちになったものだ。

こんな気持ちは確実に僕の心のバネになっていると思う

負けてたまるか・・

そんな(決してポジティブではない今考えると嫌な自分の心だったが)

気持ちが事を興す原動力になったような気がする。

それを思えば健常者の頃の僕の心は貧弱なものだった。

そんな気持ちになることはめったになかった。

それが障害者となってからは、ほぼ毎日そんな気持ちになるのだから

その悔しさたるや、健常者の頃にはなかった大きな大きな心のバネになったと思う。

それは貧しい発展途上国から先進国に来た人が悔しい思いをする事と

似ているのではなかろうか。

障害者が事をな成したからスゴイのではなく

途上国から来た貧しい人事をな成したからスゴイのでもなく

障害者になったからできたことかもしれない。

途上国から来た貧しい人だからできたことかもしれない。

どんな人でも皆そういう状況に陥ればそうなるのではなかろうか。

苦境が人間を大きく育てるというのはそういうことかもしれない。