死後が「無」であることこそ究極の解放であると思うが僕は生きる

死後は魂など残らないと僕は信じている

なぜなら残ったその魂は究極の孤独を味わうであろうからである

その魂は愛する人と永久にコミュニケーションを持つことができないのだから、、

それはつまり意識があるにも関わらず、

人との「つながり」を持つことができないという残酷な状況であると思う、

更に残った魂は生きてきた人生を振り返り、

あらゆる後悔の念に苛まれて、苦しまなければならないであろう。

だからこそ、僕は死後は無であってほしい。

脳=魂であってほしい 脳死=魂の消滅

そう信じている。

死後が無であることは僕の半身麻痺という障害による不自由や

激しい疼痛などの生の苦しみからの究極の解放であるのだから、、

だから僕は本当に死が怖くない。

死が無であることは、

この3年間に味わった僕にとっての究極の生の苦しみからの究極の解放であるのだから、、


しかし、僕は生きる

たとえ、

死が今の生の苦しみからの究極の解放であっても、

今を生きている限り 、

生きているのだから、

障害者ではあっても精一杯生きたい。



それは生きているからこそ味わえる

人との「つながり」を感じることができるから・・

「人とのつながり」は人の心による自分の心の支えになるから。。。



そして、その「つながり」こそが最高の生きている輝きを増す事ができ、


その人との「つながり」は僕にとって最高の喜びだから

更にそこから生まれる

怒り、悲しみなど喜・怒・哀・楽こそが生きている証であり、僕の喜びだから・・・