自分に自信がなくなったとき・・

自分自身に自信がなくなってしまったとき

自分の能力に限界を感じてしまったとき・・

どうやってそんな精神状態から脱却すればよいのだろう。

僕はやっぱり根拠のない希望を持つことだと思う。

不安だって根拠がない。

自分に自信がないというとき、ほとんどの人は

自分は明日生きていると考えているのではないだろうか

これって、

明日、自分が生きているという自信に他ならないのではないか。

自信をを持っているではないか。

何の根拠のない自信を・・

皆、持っているのだ・・

だから生きていけるのだ。


じゃあ自身喪失状態に陥ったとき「根拠のない希望」をどうやって持てば良いのか。

僕はこう思う。

それって「意欲」だと・・

「こうなりたい」

とか

「何が何でもこの苦境から脱却してやる!」

という「意欲」ではないかと思う。

「意欲」こそが生きる知恵とアイデアの源泉ではないか


自分の身体能力やその他の能力に自信がなくなったとき


自分の「意欲」に自信を持てばではないかと思う。


誰にも負けない「意欲」・・


人の「意欲」こそが希望ではないかと思う。


だからこそ希望は世の中に存在するのではなく、

人の心の中に存在(芽生える)ものだと思う。


逆説的に考えると苦境だからこそ、希望の光が心の中に輝いてくるのではないかと思う。

「この苦境を脱したい」という意欲

「この不自由な身体を元に戻したい」という意欲

そんなものが人間の「希望」というものではないかと思う。



そしてその「意欲」の源泉となるのが人とのつながりであり、「絆」というものではないか


「この人を守りたい」

「この人の恩に報いたい」

「この人と幸せになりたい」

そんな心が「意欲」の源泉になるのではないだろうか

それさえあればどんな苦境でも乗り越えることができると思う。

自分に能力がなければ人に教えを乞えば良い。

その人が教えてくれなければ、また他の人に教えを乞えば良い。

自分にできないことであれば、できる人に頼めば良い

頼んだことをやってくれる人に感謝の気持ちを忘れずに・・

そして人の教えに謙虚に耳を傾け、自分にできないことを

やってくれる人に対して感謝の意を持ち続ければ、

おのずと道は開けて来るのではないか。

「意欲」さえあれば自分に能力がなくても方法はいくらでもある。

僕はそう信じている。

だから、僕は自分の能力に自信を失いそうになったとき、

既に障害者の僕は身体能力は全く自信がないけれど、

決して優れた人間ではないけれど、

「意欲」だけは誰にも負けないという自信を持つように心がけている。