不確実性の世の中で希望を持つということ

「不確実性の世の中で希望を持つことができるのが人間だ」という。

これは脳科学者の茂木健一郎氏の言葉です。


世の中不確実性に満ちている。

明日自分が交通事故で死ぬかもしれない。

そのような中でもほとんどの人間は自分が明日交通事故で死ぬとは思っていない。

明日も生きていると思っている。

これっていわるゆる明日の希望じゃないか。


明日自分が交通事故に遭わないなんて希望に何の根拠もない。

でもほとんどの人間がそう「確信」しているのではないか。

何の根拠もないのに・・

もし明日自分が交通事故に遭うかもしれないなんて思っていたら

ビクビクしてい生きていけないだろう。

こんな不安にも根拠がないのだ。


もっと言うと、

男と女の結婚ほど不確実性に満ちた行動はないのではないか。


自分たち二人だけは幸せになれると確信して結婚している。。

何の根拠もないにも関わらず・・ガーン

誰も自分たちは不幸せになると思って結婚する男女はいないだろう・・・

でもその「確信」があるからこそ二人幸せになろうと努力し、

知恵とアイデアを出し切磋琢磨するのではないだろうか。

結果として幸せになれる。。


のではないか。

そういうことが不確実性に満ちた世界で希望を持つということではないだろうか。

要するに自分たち、或いは自分を信じることではないだろうか。

だからこそ、僕は何の根拠もないけど、半身麻痺の身体の障害者の僕だけど

僕は自分を(何の根拠もなく)信じることにしよう。

それは自分の能力を信じるのではなく

少なくとも精一杯努力して生きることができるということを信じたいと思う。

それさえできれば、たとえ結果が出なくても、無念だが悔いの残る人生にはならないだろうから