覚悟と不安



ここのところ僕にとって「覚悟」は何か、ということをいろいろ考えている。

覚悟がないと不安に襲われる

それは分かる

では一体「覚悟」っていったい何なんだ。

その結論が僕の心の中でやっと出たような気がする。

不安に襲われるの原因は「策」がないからだ。

つまり最悪の事態を想定したとき、対処できる「策」がないからだ。

「万策尽きた」という言葉があるが、そもそも本当に万策が尽きることなどがあるのだろうか。

そう考えたとき僕にとっての「覚悟」の意味が分かったような気がした。

万策が尽きることなどないのだ。

なぜなら最後の策は「死」だからだ。

「死ぬこと」さえも策の一つであると思うのだ。

昔、侍の勝ち負けは技の良し悪しではなく、自分の命を盾できるかどうか

という度胸の有無が勝負を決めると聞いたことがある。

つまり自分の命を盾するという「策」を持つことができるかどうかということではないだろうか。

その「策」を選択するという選択肢を持つことができないから不安になるのだ。

自分にとって絶対選択したくない「策」

つまりその「策」を選択するというオプションを持つことこそが「覚悟」なのだ

ということが分かった。

このことが分かって僕の中のモヤモヤとした気持ちがスカッと晴れ渡ったような気がした。


実はこのところ何とも言えない不安にとらわれていたからだ。


なぜなら、おそらく今週僕にとって未体験ゾーンへの挑戦をすることになるからだろう。

僕にとっての未体験ゾーンは政治の世界と金融の世界だ。そんなところに踏み込もうとしている

それに資金も底を尽きかけている。2年前に自己破産して免責を受けるために残すことが

できるたった99万円という資金で綱渡りの資金繰りここまでやってきた。

こんなことにブログで公開すべきものではないと思うけど、別にギャンブルで自己破産した

わけではないのだから恥ずかしくも何ともないと思っている。

しかしその資金もさすがに底をつきかけている。

そんなことも不安に追い打ちをかけていたのだろう。





でも今は自分にとって覚悟が何であるかが明確になったことによって

僕の心の中にあった不安はどこかにいってしまっているようだ。

万策が尽きることなどないのだ!

「覚悟」がないから万策が尽きると思い込んでしまっているだけじゃないか。

体の半身麻痺は確かに辛い。健常者にはどう説明しても理解できないと思うけれど

脳卒中の麻痺いうのは鉛の手足をぶら下げているような感じだ。

痺れも痛みもひどい。

でも手足の重さや痺れや痛みに嘆いているのは自分にまだまだ覚悟がないからだと思う。

覚悟さえあれば、どれだけ手足が痺れていようがい痛かろうがそれをできない理由にするはずがないではないか。

痛みや痺れを我慢して無理矢理歩いても別に手足が引きちぎれるわけでもないではないか。

そう思うとまだまだいろんな意味で「覚悟」が足りない自分がここにいる。