逆境を手探りで素直に生き抜く

盲人の人は目が見えないのになかなか怪我をしない。

目が見えないから、それだけ人一倍慎重であるからなのだろう。

歩くということに対して謙虚なのだろう。

ある意味生きることに対して謙虚なのかもしれない

むしろ目が見えるほうがものに使ったり、つまずいたりして怪我をする。

なまじっか目が見えるため油断するのだろう。歩くということや生き方に

放漫にになるのではないだろうか。

振り返って自分を見つめ直してみると半身不随となってから、

一寸先は闇のような人生になったと思う。


そのおかげで生き方に人一倍慎重になったと思う。元気なころよりも数倍生きるということに対して

謙虚になったのではないかと思う。

毎日が一歩一歩踏みしめるようにして歩く人生になったと感じる

それに比べると昔はずいぶん乱暴な生き方をしていたように思う。

逆境を乗り越えるためには、自分に降りかかったその逆境を素直に受け止めることが

大切なのではないだろうか。

そして逆境を乗り越えるために一歩、一歩ほんの少しずつ、でもしっかりと前に進むことが

大切なのではないだろうか。

逆境を素直に受け止めることでその逆境を自分に与えられた貴重な試練として考えることができると感じる。

試練と考えることができれば、乗り越えようという意欲に変わると思う。

しかし人間の心はなかなかそうはいかない。

自分に襲ってきた逆境をなかなか素直に受けとめることなんてできやしない。

自分に襲ってきた逆境を素直に受け止めることができないとそれは卑屈の心を生むのではないだろうか。

心が卑屈になってしまうと逆境を恨むことしかできなくなってしまう。

それでは前に進むことができない。

順境でも同じではないだろうか。

素直さを欠いた心では順境は自惚れの心を生み、逆境は卑屈の心を生むのではないだろうか。

半身不随ではあるけれど3年前に比べかなり自立した生活をできるようになってきた今

自分に自惚れが生まれていないか、卑屈な心になっていないか最近自分自身に問いかけている。

この与えられた逆境を手探りではあるけれど、乗り越えて行かなければならないから・・