希望はいかなる境遇でも持つことができる

よく政治家は「希望を持つことができる世の中を目指したい」などと言うこがあるが

希望を持つことができる世の中とはいったいどんな世の中なのだろうか

希望を持つことができる人はどんな境遇 でも希望を持つことができるのではないだろうか

希望を持つことができない人はどんなに資産があっても或いは事業資金があっても希望を無くし自ら死を選ぶ。

希望を持つことができる人は資金もない人脈もない。無い無いづくしの状況でも

希望を持つことができ、知恵と勇気で苦境を乗り越えていくのではないか

つまり、希望を持つこととその人の境遇とは何の関係もないのだ。



だから「希望を持つことができる世の中」など存在しないのではないか。
希望はひとの心の中に持つものだから、、


政治家は「希望を持つことができる世の中を目指したい」などと言うのではなく

国民に「希望を持つことができる心」を養わせることが大きな仕事ではないだろうか。


そんな意味で、あのケネディ大統領の有名な演説の

祖国があなたに何をしてくれるかを尋ねてはなりません、あなたが祖国のために何をできるか考えて欲しい」


というくだりはアメリカ国民に希望を持つ心を持たせるものだったのではないだろうか


逆に人が一度心の中に持った希望はどんな境遇に陥れても消すことも誰にもできないのだと思う。

そんな意味で僕も半身不随という自分の境遇に嘆くことなく希望をもちつづけ、

志を持ち心の中に意欲の炎を持ち続けたい。

そこから知恵や勇気や工夫が生まれ 苦境を乗り越えることができると信じているから、