現代の政治家の「議論を深める」というくだらない小田原評定

現代の政治家の「議論を深める」というくだらない小田原評定


まもなく民主党代表選で日本の新しい首相が決まる。
代表選に立候補した政治家が今後の日本の復興や経済政策について
「議論を深めたい」などという言葉が多いと感じる。

僕にしてみれば「議論を深める」などということはまったく意味がないことだと
思っている。

そもそも「議論を深めて」何をするというのだ
議論なんか深めたって何の意味もないと思うのだ。
なぜなら何も決まらないからだ。

僕は議論は何かの成否を決定するために行なうものだと思っている。

最近の政治は議論ばかりしているが何も決まらない気がする。

それは議論をする時のリーダーに明確な志がない証拠だと思う。

いわゆる小田原評定だ。

小田原評定は戦国時代に優秀な北条家の重臣たちが今後の戦について議論を行った会合だが、

自らの考えばかりを主張し合い結局何も決めることができなかった会合のことだ。

最近の政治家の、国会の議論を見ていると正に小田原評定だと感じている。

国会の議論なんて何の意味もないと感じている。

何も決まらないからだ。

これはひとえに首相のリーダーシップの無さと志の無さが原因だと思う。

でも僕は絶対に違う。健常者のようにアグレッシブに動くことができない障害者

ではあるけれど、僕には明確な志と目標がある。

NPO法人の会合でも小田原評定にはさせない。

目標の提起と問題提起をして、それに対してYESかNOかを決定する場にするのだ。

「検討して後程連絡します」という回答は絶対にさせない。

そんなことをしていたら何も進まないからだ。

僕には時間があまりない。最悪あと約8年という時間しかないのだ。

だから僕の頭の中の思考でも小田原評定にはさせない。


僕が物事を思案するときは、自分で明確な問題提起と目標設定をしてYESかNOかを決定するのだ。

必ずYESかNOかの結論を出すようにしている。


「検討して後程考える」などという時間の余裕は僕には無いから・・



今の日本でも同じではないか、震災の復興に対して時間の余裕などないはずだ。

経済不況からの脱却も早急にしなければならないはずだ。


時間の余裕は無い。

だから「議論を深める」などということは言語道断だと僕は思っている。

現代の政治家は本当の意味で背水の陣で政治をしているのだろうか。

排水の神であれば「議論を深める」などと言っている余裕は無いはずだ。

明確な目標と志を持ち、その成否の判断を次々と決定していかなければならないのはずだ。

今の国会を小田原評定にしてはいけない。

そんなことをしていたら日本は潰れる。