死の覚悟

僕は生まれて初めて死の覚悟をしながら今を生きている。

死の覚悟というものはこんなものなんだなぁと感じている。


「怖いもののがなくなる」というのは嘘だ。

それは以下に書くようなことが怖いのだ。

「死」が怖いのではない。

「死」自体はもう怖れていない。

僕のような出血性もやもや病が発症した場合、その後10年間の再出血の確率は61.1%とのことです。

以下が熊本大学医学部の出血性モヤモヤ病に関する調査論文の抜粋だ。
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再出血の予防は、出血発症のもやもや病の治療において最も重要なことの一つです.
しかし、出血発症のもやもや病の自然経過や再出血の特徴はよく分かっていません。

調査方法
出血発症のもやもや病の自然経過を調べるために1994年から患者さんで36人
(12人の男性、24人の女性)の長期経過観察の結果を検討しました。
その平均観察期間は12.7年で、年齢は2.9-27.0歳でした

結 果
36人のうち22人(61.1%)が再出血しました.29回の再出血がありました。
再出血をした患者さんの予後は、再出血をしなかった患者さんの予後よりも悪かった。
多くの患者さんで予後の悪い理由は再出血そのものによるものでした。
統計的な検討では再出血は、36歳以上という初回出血年齢が重要な因子でしたが、性別、高血圧、出血の種類、初回出血後の状態は危険因子ではありませんでした。初回出血をその後の再出血の期間はまちまちですが再出血率や出血の回数は年齢が46から55歳までの間が最も高率・高頻度でした。
結論:出血発症のもやもや病患者さんの予後不良を決定する最も重要な因子は再出血でした。再出血は年齢と関係が深く、患者さんの年齢が46から55歳に達すると最も高頻度になります。出血発症のもやもや病患者さんは神経学的に良好であっても一生注意深く経過観察をする要があると考えます。

解 説
出血発症のもやもや病患者さんの再出血は、36歳以下では再出血しにくく
(再出血までの期間が長く)、それ以上では再出血しやすく(再出血までの期間が短く)、
特に46-55歳では高頻度に再出血することが報告されました。
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多くの場合、上記のように再出血した場合、(予後不良重篤になるそうだ。

そしてこの論文によると再出血の因子は、初回出血後の状態は危険因子ではないという

再出血は年齢と関係が深く、患者さんの年齢が46から55歳に達すると最も高頻度になると言うのだ。

つまりいくら健康管理をしていてもある年齢に達すると再出血するというのだ

血圧管理などの健康管理はある意味ムダであるということではないか。


僕は今48歳、出血したのは45歳、46から55歳ということはこの論文にピッタリ合うではないか。


だとすると、あと55歳までの7年の間に再出血するという可能性が非常に高いというわけだ。

61%という確率は非常に高いが61%のことをいくら考えても仕方がない。

そんな覚悟の中で私は今を生きている

僕は残りの39%に自分の生命力を賭けて前向きに生きることにしてる

あの新撰組沖田総司結核による死を覚悟していたのかやたら明るかったというが

その気持ちもわからないでもない。

こうなってくると不思議と死というものは確かに怖くなくなる。

最も恐いのは「無駄な人生」を送ってしまうということだ。

残り8年で僕は死ぬかどうか分からないけれど、意味のある人生を送りたい。

そう思っている。いつも書いているように

たとえ障害者であっても世の中の役に立つことを証明したい。

ただそれだけだ。

そのために自分のベストを尽くすことができればそれでよいのだ。

ベストを尽すことができなかったら、

それがいちばんの後悔になるだろう。

結果がうまくいかなくても良いのだ。

もちろん結果が出ることがベストだが

それは「運」もあろう。

結果を出せなかったときそれはきっと「無念」であろう。


でもその過程で自分のベストを尽くすのことができればきっと「後悔」はしないであろう。


これが僕の望む「無念だが後悔しない人生」なのだ。

そう

あとどのくらい生きることができるのかわからないけれど

僕は何としても「無念だが後悔しない人生」を送りたい。

だから絶対に手抜きをしない。

半身麻痺の障害者だけれども、健常者のようにアグレッシブに活動できないかもしれないけれど


障害なりにい一部にの手抜きもしない人生を送りたい。

それが出来れば僕は満足だ。

僕の死の覚悟とはそんなものだ。

死が怖いのではない。

残りの人生、「手抜きの人生」を送ってしまうことが最も怖いのだ。

そんな人生を送ってしまわないためにもこの61%という確率については友人にも家族にも

誰にも話してない。僕の心の中だけに閉まっている。

話してしまうと周りの方から変に気を使われてしまい、


100%の力を出して生きていけないような気がするからだ。



だからいつ死んでもよいように遺書も書いてある。

無二の友に託してある。

この年齢で遺書を書くとは夢にも思わなかったなぁ・・