悔しくて、悔しくて、

昨日、ある人に僕がなぜこのような片麻痺なってしまったのか

ということを聞かれ、話しているうちに悔しさのあまり涙が溢れ出そうになった。

思い返せば、約2年半前僕は柄にも合わず小さな会社の社長として必死で働いていた。

そのころから志はあった。

日本の伝統工芸品を世界にアピールし売り上げを上げることによって

日本の伝統工芸産業の少しでも役に立ちたいと思っていた。

その頃未来を夢見て作った海外向け伝統工芸品ショッピングサイトのTOPページが

まだ残っている。

http://my-japan.jp/index-old.html

会社は小さいながらもそんな志を持ち社長業を頑張っていた。

でも実際には、そんなに簡単に売上が上がるものではなく、毎月資金繰りに苦しんでいた。

家族を養うためにも必死の思いで働いていたけれど思うように売り上げが上がらず

毎月の資金資金繰りに追われ苦しんでいた。

なんとか会社を維持するため、大切な社員に給与を払えるように寝る間も惜しんで

徹夜続きで働いていた。


そんなふうに頑張って働いていたけれどそれに追い打ちをかけるように起こったリーマンショック

このリーマンショックによって翌月海外向けの売上が大きく落ちてしまった。

来月の給与を社員に払うことができないかもしれない。自分の給与さえももらうことが

できないかもしれない。

そんな状況で僕は血圧が上がり始めそしてある日僕は脳出血を起こし倒れてしまった。

そして半身麻痺の障害者となってしまい、何もできない人間になってしまった。

そしてその結果何もかも奪われてしまった。

身体の機能を失っただけでなく、

小さな会社だけれど必死の思いで築き上げた会社も破産で失い、自己破産・・



僕はただ必死で働いていただけなのに・・

なぜ・・

何もかも奪われなければならないのか

神様とやらがいるのなら、何か僕が悪いことをしたというのか?と問いたかった。

自分が倒れたときの話をしているうちに、

倒れてからこれまで我が身に起こったことや感じたことを思い出し悔しくなってしまい

思わず涙が出そうになった。

思い出せば思い出すほど悔しい。


なぜ自分が・・こんな目に合わなきゃいけないのか?

考えても仕方のないこととが分かっているけれど

どうしてもそんなふうに思ってしまう。

まだ5歳だった息子を抱っこすることさえできなくなってしまった。

元気な頃、家の前で息子といっしょにかけっこして競争していたことをを思い出す。

でももう二度と息子とかけっこはできない身体になってしまった。

これからキャッチボールやサッカーのボール蹴りの相手さえもして上げることができない。

得意だった水泳を教えてあげることが夢だったのにそれさえもできなくなってしまった。

父親としてやってあげられることが何もできなくなってしまった。

息子はそんなことを望んでいないかも知れないけれど・・・

そんな自分が悔しかった。。

僕に与えられた試練なのかもしれないけれど、何もここまで・・酷い目に合わせられな

くても・・と思ってしまった。

そんなことを思い出し涙が出そうになった。

そんな自暴自棄になった時期があった。

本気で自死しようと考えたこともあった。





でも今こうやって新たな志の光に見つけることができたこと幸運だと思う

それは僕にとって生きるための心の支えだと思う。

今、僕の命をこの世に繋いでいるものは

やっと見つけた細いかもしれないけれどその新たな志の一筋の希望の光なのではないだろうか。

だってもう3年近くになるのに思い出すとこれほど悔しくなってしまうのだから・・

今でも思い出すと悔しくて、悔しくて、どうしようもなくなる。

今の僕は、細いかもしれないけれどやっと見つけた希望の光に

すがりついているような気がする。