なぜ花は美しいのだろう

僕は男だからかもしれないけれど、

これまで感謝のしるしとして花を贈ったことがなかった。

そして花がそれほどまでに(感動するほど)美しいと感じたことはなかった

デザイン的にも人を喜ばせる(あるいは感動させる)ほどの美しさを持っている

とは感じていなかった

でも障害者になってからというもの最近、不思議なことに花が(感動するほどに)美しいと感じることがある。

それは花というものは、その植物が種子から芽を出し、厳しい自然を生き抜いてきた最終的な証

として「最期」に咲かせるものだと感じるからだ。

小さな花でも美しい。

大きな花だから必ずしも美しいのではない。

道端に咲くタンポポの方が洋ランなどよりずっと美しく感じるのだ。

なぜならタンポポは花を咲かせるまでに何度も踏みつけににされ生き抜いてきた結果最後に

咲かせた花だと感じるからだ。

花の美しさとは花の大きさでもない、デザインでもない

大げさだけれども大きな花を咲かせる事ができなくても、

たとえ小さな花でもその花が咲くまでに生き抜いてきた生き方に美しさを感じるのだ。

どの花もその植物の一生の最期の証と最近感じるのだ。