僕にとって希望や志をあきらめないという事

なでしこジャパンは諦めないという気持ちで闘ったという。

苦しい中で諦めない心を持ち続けることは

とてつもなく難しく、辛いものだと思う。

僕の場合、半身不随の回復を諦めないということだろう。

医学的には何歳になっても脳には可塑性(脳卒中によって死滅した脳細胞に代わって生き残った別の機能の脳細胞が代償機能として働き、破壊された脳機能が再構築されること)があるなどと言うけれど、


それがどうすれば発揮されるのか

どれくらいかかるのかは医学的にはまだ全く分かっていない。

5年かかるのか?

10年かかるのか?

20年かかるのか?

それとも50年かかるのか?

こんな状態で希望や志を持ち続けることは正直言って難しい。

リハビリを始めてからもう3年近くになるが大きな回復の兆しは全くない。

心の弱い僕はどうしても

もう無理かな、、

という気持ちになってしまう

それでも希望を捨ててはいけない。

そして決して諦めてはいけない。

毎日一分一秒、いや麻痺側の足で一歩進む度にそう自分に言い聞かせている。

たとえ届くか届かないか分からないほど高い目標であっても、諦めてはいけない。

諦めたら、その時点で決して届くことのない目標になってしまうからだ。

そして希望とは現状の状況や身体の状態から考えるものではない。

周りが何と言おうと、いつか達成できると信じ、今努力していることに価値を感じることだ。

世の中の状態や身体の状態の事ではなく、そんなものとは関係なく、自分の心の中に持つものだ。

そんな希望を持つ心があるからこそ

毎日を有意義に生きることができるのではないか。

たとえ目標が達成できなかったとしても道半ばで「終って」しまったとしても、

そんな生き方ができることこそが

人間にとって最も幸せな人生ではないかと信じている。

だからこそ、

僕は自分の身体の麻痺の回復もNPO法人での活動による志も

決して諦めないで生きる

そう遠くない僕の最期の日まで心の中から抜き去ることはないだろう。

心の中にそんな希望と志を持ち続けることこそが僕の生きる心の支えだから、、


周りが何と言おうとどんな苦境であろうと、

自分だけはいつか達成できると信じ、

今努力していることその事自体に心が価値を感じることだ。

世の中の状態や身体の状態の事ではなく、


そんなものとは関係なく自分の心の中に持つものだ。

そんな希望を持つ心があるからこそ

毎日を有意義に生きることができるのではないか。

たとえ目標が達成できなかったとしても道半ばで「終って」しまったとしても、

そんな生き方ができることこそが

人間にとって最も幸せな人生ではないかと僕は信じている。

だからこそ僕は

自分の身体の麻痺の回復も

NPO法人の活動での志も

夢想家と言われようとも決して諦めない。


この希望と志はそう遠くない僕の最期の日まで

心の中から抜き去ることはないだろう。

心の中にそんな希望と志を持ち続けることこそが僕の生きる心の支えだから。

これは不自由な身体でアグレッシブに行動で示すことができない僕が、

心の中で静かに且つ力強くどうしても燃やし続ける必要のある心の闘いの炎なのだ。