現実を素直に受け止めるという事

現実を素直に受け止めるという事

現実を素直に受け止めるという事はとても大切な事である

これは「受け入れる」事とは全く違うと考えています。

つまり容認するわけではないのです。


現実を素直に受け止めるという事で初めて冷静に原因を捉える事ができ、

適切な対応策を打つ事ができるのではないか。

よく障害受容というような言葉で、「受け入れなさい」などという医者がいるけれど

そんな医者の言葉を真に受けて「容認するしかないのだ」などという思い込みが、

逆に心に負担や苦しみ、焦り、悲しみなどの気持ちを生まれさせてしまうのではないだろうかと思う。

結果として冷静に自分をみつめることができず、適切な対処や対応ができなくなり、

追いつめられ、心も酷い状態となり「誤った行動」をしてしまう人も多々あるのではないだろうか。


僕は「受け入れる」という言葉と「受け止める」という言葉は全く違うものではないかと

考えています。少なくとも僕は全く違うものだと思います。



「受け入れる=「容認する」ということであり、

「受け止める」=「ありのままを素直に直視する」ということだと考えています。


容認したくないものを容認するということは人間の心に大きな悪影響を及ぼすと思うのです。

無理して容認する結果、悲しみ、焦り、憎しみ、怒りといったようなネガティブな心を生み出してしまうと思うのです。

一度そういったネガティブスパイラルに陥ってしまうと、ますます物事を冷静に見つめることができず、

冷静な判断もできなくなってしまうと思うのです。

僕も左半身麻痺なったことを「受け入れる」ことは永遠にないでしょう。

左半身が麻痺ていることを素直に「受け止める」ことによって、

「回復のため」あるいは「この体で生きて行くため」の冷静な判断ができるのではないかと思っています。

そして徐々に冷静になってきたように思います。

他人から見ると、僕が「障害受容」したなどと感じているかも分かりませんが、

今でも決して容認などしていません。今でも回復をあきらめていません

「障害を素直に受け止める」ように努力したことによって、


結果として、思いつめることも少なくなり、知恵と工夫で生きていこうと、

前向きになることができ、冷静に日々の生活に知恵と工夫を反映できてきたような気がします。

それでも永遠に回復を諦めることはないでしょう。

絶対に、、、


「現実を素直に受け止める」ということはそんな意味でとても大切なことだと思います。


先日の震災や福島原発の事故についても同じではないだろうかと感じています。


政府や東京電力は「想定外だから仕方がない」と「受け入れよう」としているようにも思える。

結果として「想定外」はという言葉を理由に冷静な対応を怠ってしまっているような気がする

と言うのは僕のこじつけだろうか

「想定外だから仕方がない」とどこかに「諦め」があるのではないだろうか

決して諦めてはいけない問題だと思うのだが・・

だからこそ、問題点は問題点として、判断ミスは判断ミスとして冷静に受け止め、

焦ることなく、慌てることなくよりスピーディーに

適切な対処を進めなければならないのではないだろうか