「受け入れる」ことなんて絶対不可能な中途障害という苦悩

僕はいわゆる「中途障害者」であるので、

生まれつきの先天性の障害者の方の苦悩や苦労に

ついては理解出来ないし、

何か言える立場ではないけれど、

少なくとも中途障害者の苦悩については話すことができる、


知ってもらうことができる。

中途障害というものは、

それまで持っていたものを「喪失」してしまうという実に辛い苦悩がある。

それは決して、体の機能を失うだけではない

体の機能の失うことによって

「それまで当たり前にできていたことが出来なくなる」

という苦しみももちろんあるが、

それにともなって全く想定出来なかったような実にたくさんのものまで失ってしまうものだ。

例えば僕の場合、

障害を負ったと同時に、自分の会社を失った。

自己破産もしたのでいろいろな財産も失った。

仕事も失った。

収入もなくなった。

そして家族の絆さえ失ってしまった。

苦境に陥ると家族は団結するものだと言われたりするが、

現実はそんな生易しいものではない。

家族も含め、親族皆がは突然の出来事に戸惑い、イラだちを覚えているので、

まったく予期しないことで揉め事になってしまうのだ。

そんなものまで失ってしまうのだ。

僕の知り合いで脳卒中で障害になった方も車いす生活になり、

しばらくしてなぜか家族と離れて暮らすことになったという。


顔には出さないけれど、家族の間で相当物事があったことが予測できる。

そんな家族の絆までも失ってしまうこともあるのだ。

また別の知り合いの人で30歳に脳卒中で半身麻痺なった人は、

スキーのインストラクターだった。

婚約もして、結婚直前に脳卒中になったという。

結果・・

結婚は破断・・

当然のことながらスキーのインストラクターという仕事もなくなった。

今は、老いた母親が内職をして生活保護向けながら日々細と暮らしている。

きっと彼は脳卒中さえなければそんな人生を送るはずではなかったに違いない。

全てが180度変わってしまったにちがいない。

中途障害とはこんなふうに、その人がそれまでの人生で築き上げてきたものまでも

全て奪ってしまうのだ。

だから中途障害の人は自分に起こったことを

受け入れることができることは永遠にないだろう。

「受け入れる」ことなんてできるわけがない。

四六時中、悔しい思いを持ち続けているに違いない。

残酷なものである。

医師でもそこまではわからないであろう。

だから「あなたは、障害受容ができていない」

などという言葉を絶対に言わないで欲しいと思うのだ。


僕は幸いにも、右手が健常であるが故にこれまで築き上げた知識を

今でも活用することができる環境にいる。


前述の男性に比べれば、僕は実に幸せだと思う。


それにしても、

自分が苦労して築き上げてきたものを全て奪ってしまうなんて


なんと残酷な病気なのだろう

健常者の方は、障害者を見かけたら、決してその人が障害を「受け入れ」

「障害に慣れているのだろう」などと思わないでほしい。

一分一秒悔しい思いをしながら生きているのだ。