生き方をコミットメントする


僕はこれまでの人生においてあらゆる場面で、

自分の行動に対してコミットメントしてきたつもりだ。


コミットメントとは自分自身に「公約」「誓約」「約束」などを意味する。


コミットメントしたからにはどんなに苦しくとも、大きな壁が立ちはだかろうと、

弱音も吐かず、言い訳もしない。

一度コミットメントしたからには

そこに言い訳をしたり、弱音を吐くことは

自分自身の生き方を否定することを意味することであると思うから、、

僕は今の妻と結婚するときに、結婚してから1年ほどたったころのことだが

なぜかその時期に、自分自身で自分自身の心の中で

「彼女を妻として彼女の夫として生きる」

というコミットメントをしたことをはっきりと覚えている。

だからたとえ体が不自由になった今でもその自分自身への「誓約」「約束」を

破ることはできない。

そして子供が生まれたときも同じだ。

彼の父親として生きることをコメットミントきたはずではないか。

だから意地でも父親としての役割を果たす。

たとえ今後、体の不自由な邪魔な父親だなどと疎まれも、

煩い父親だと嫌われても役割を果たす。

そんなに気負わなくても良いじゃないと言われるかもしれないけれど、

その心の軸がぶれてしまうとこの半身麻痺いう身体の不自由さに、辛さに

負けてしまいそうだから・・

だから自分自身でコミットメントをしたからには何があろうと最後まで全うしたい。

他人がどうあろうと、それが僕の生き方なんだから仕方がないじゃないか。