これは執念なのかも知れない

人の役に立つ人間でありつづけたい。

人から介助を受けやければ生きていけない、

施しを受けなければ生きていけない

そんな役煮立たずな人間にだけはなりたくない。

それはもう執念に近かった。

なぜなら2年半前のあのとき、

僕はもう何の役にも立たない人間になってしまったと感じた、


父親としても

夫としても

何の役にも立たない人間になってしまった・・


と感じたあの辛さを二度と味わいたくない。

自分が役に立たない人間と感じることが


これほど辛いことだとは思わなかった。


これは味ったことのない人には分かるまい。

だから、少しでも役に立つ人間でありたい。


もう二度とあの心の辛さを味わいたくない。

生きていて、

生きているにも関わらず、

そして人とのつながりを持つことができているにも関わらず、


人の役に立たない人間であるということ、


そう感じてしまうということ

そのことの辛さは計り知れない、


少なくともそれは僕にとって生き地獄だ。


生きている意味がないに等しいほど

辛く


苦しく、


悲しいことだ。

だから、


そんな辛さから脱出するため、


ただそれだけのために


人の役に立つ人間でありたい。

そんな僕の気持ちを満足させるためだけに

立ち上げた環境技術データベースサイトである。

それが2年後の今、NPO法人を立ち上げるまでに至るなんて


想像すらできなかったけど、


何れにしてもこれは僕の執念であるだろう。

あの生き地獄を二度と味わいたくない


という僕の執念でもあるのだ。

だから、

ここまできたからには、

多くの人を巻き込んでしまったからには、


途中で断念するわけにはいかない。

高いハードルがたくさんあるけれども、

決して諦める訳にはいかない。

どんなに身体が苦しくとも、

やり遂げなければならない。


そうしないと僕の心が納得しない。


そうしなければ、

僕の心がまたあの生き地獄に戻ってしまうから


これは

そんな僕の執念なのかもしれない。


そして今の自分の唯一の


生きがいであり、

生きる意味であり、


希望であり、

志であるに違いない。