信じる心の大切さ

自分を信じる 相手を信じる

科学的、あるいは統計的データなどなくても

「信じる」という心の行為によって好転することが沢山あると思う。

それは神様を信じるというようなことは全く別ものだ。

神様とか、「見えない力」なんてどうでも良い。

そもそも存在が証明できていないものなんかに依存すべきではないと思う。

そういう考えは非常に危険だと思う。

なぜなら、神様とか信じている「存在」が無いと分かったときには、

究極の失望感を味わうことになってしまうからだ。

それこそ究極の絶望を味わうことになってしまうだろう。

そんなものよりも今目の前に現実に存在している生身の人間の力を信じる、

そしてその人間の人智を信じるということがとても大切ではないか。

存在しないものや目に見えない不確かなものを信じること自体バカげている。



理詰めで考えなければ納得出来ない僕(苦笑)は次のように理解している。

「信じる」という心の行為は「脳が信じるという働きをする」ことだと思う。


信じるということによって、たとえ根拠がなくても心が前向きになれる。

結果として脳が良い方向に活性化する。

脳が良い方向に活性化することによって、脳が人間の体に「前向きな指令」を出す。

「前向き指令」とは、例えば癌などの病気になっているときに、脳は「癌細胞を撃破できる!」
と癌細胞の近くの正常細胞の攻撃細胞(NK細胞?)に指令を出すというようなものではないかと思っている。

そうすることによってNK細胞達は活気づき、癌細胞に対して積極的な攻撃を仕掛ける。

そして癌細胞を殺してしまうようなことが起こるのではなかろうか。

スポーツや戦争などと同じではないかと思う。

細胞という「軍隊」の士気を高めることによって、論理的に考えると(統計的なデータいうと)負け戦

であっても奇跡の勝利を治めることができるというようなイメージだ。

そんなふうに考えると気持ちを前向きにすることによって、癌でさえも治癒にに向かうのではないか

僕はもやもや血管が存在するため、一度出血すると再出血しやすいといわれている。

統計的には確かにそうだ。

でも、そんなことに怯えずに、自分は大丈夫と信じることによって脳が自信を持ち、

結果としてストレスがない状態で血圧コントロール指令を出すので

血管に対して乱雑な圧力を与えることがなくなるので血管の負担が血管の少なくなり、

且つ癌細胞を壊すストレスがないので血管管細胞が脆くなることを防止でき、

結果として再出血のリスクが低減するのではないだろうか。

医学的な根拠なんてないけれどないけれど、そんな勝手な理屈を僕は考えている。

だから「信じる」ということが大切だと思っている。


これは人間関係でも同じだと思う。

まず「相手を信じる」というところからスタートする方が「疑う」ことからスタートするよりも

ずっと良い方向に向かうはずだ。


一旦相手に対して「疑い」の気持ちが芽生えてしまうと、それを除去するために大変な労力が

かかってしまうものだ。

例えば企業間であれば、相手の企業に対してありとあらゆる形で「信用調査」を行う羽目になる。

実にムダな労力だと思う

もし「信じる」ところからスタートすれば、そんな労力は全く必要としないだけでなく、

気持ちも前向きになるのであらゆることがどんどん好転していくと思う。


こんなことが僕の考える「信じることの大切さ」だと思っている。