命を繋ぐということ

生きとし生きるものは全て今の自分の命を未来に繋げることを最大の目的としている。

命を次の世代に引き継ぐことが最大の目的なのだ。

どんな小さい動物でも親は子が生きることを守ろうとする。

命を繋ぐためだ。

それは人間も同じだと思う。

以前聞いたことがある話ですが、太平洋戦争末期、日本の神風特攻隊で死を覚悟した男達が出撃の際、

その男達のなかで自分が死ぬことに対して最も悔やんだ兵士は妻や子供を残してきた兵士ではない

むしろ子供はできていない兵士の方は悔やんだそうだ。

それは自分が生きた証をこの世に残すことが出来ないという悔しさだったそうだ

それは命を未来につなぐという本能的な「生きる使命?」を達成出来ないことに対する

無念の気持ちだったのだろう。

虫などの小さな生き物は次の世代に命をつなぐために、次の世代が生き延びるために、

できるだけたくさんの子供(卵)を生む。

それは弱者である小動物が未来に命を引き継ぐために、天敵に襲われない子供を少しでも残すためだ。

人間以外の動物のほとんどは遺伝情報によって生き方を伝える。

だから生まれた段階で生き方「生き延びる術」が備わっている。

しかし人間は子供が少ない上に遺伝情報だけでは生き延びることが

不可能だから子供が生き延びるために遺伝情報に加えて

長い時間をかけて言葉で生き方を教えるようになったのだという。

僕も死というものに直面して、初めてそんな「自分の命を繋ぎたい」という気持ちになった。


そしてそれは息子に対して自分の意志を継いでほしいというか、

生き方を授けたいという気持ちになって現れてきた。

なぜだか分からないけれど女性(母)よりも男性(父)の方がそういう気持ちになりやすいと聞いたこと

がある。それはきっと女性(母)の方が自らの身体と子供がつながっていたということにより

「子供を生む」という行為によって本能的に命を引き継いだという感覚になれるからなのかもしれない

でも男性(父)にはその感覚は無い。

だから生まれたあとで引き継ぐ作業をしなければならないと本能的に思うのだろうか。

でも障害者となってしまった僕には普通の父親のように、人間としての生き方のようなものをいっしょに体験しながら生き方を教えるというような体で教えることは出来なくなってしまった。

そんな悔しさが以前から心の中に渦巻いていた。

なぜだか分からないけれど

生き方を教えたい

生きる術を教えたい

そんな気持ちに捉われた。


それは決して親の価値観の押し付けは違うものだと思っている。

単に力強く生きて欲しいという願いだけだ。


そんな思いからこのブログに書き綴ってきたことを伝えたいと思うようになった。

このブログは僕が脳出血を起こし半身不随という障害を持ってから約2年間、苦境を乗り切るため、

自分の心を強くするために、自分のために自分が自分に言い聞かせたいことを書き綴ったものだ。

このブログサイトはいつまで続くかわからないから自分が書き綴った

このブログを将来息子が読めるかどうかはわからない

そこでこれを本にとして息子に残したいと思い立った。

幸い今は電子ブックというものが簡単に作れるので作ってみた。









稚拙な文章だけれどもこのブログに書いてきた記事の中で

これは伝えたいという記事だけを抜粋し再構成し書いた。

書いてみたら390ページ近くにもなっていた。

文才なんか全くない僕がよく書いたもんだと自分でも感心してしまう。。

さすがに片手だけのタイピングで、しかもひとりで校正しただけなので誤字脱字がやっぱり結構多い。。(>_<)

でも電子ブックは後からいくらでも校正を入れることができるので、

これからゆっくり校正していこう。

将来息子が大人になったときこれを読んで何を感じるか、そんなことはわからないけれど、

伝えたいことは盛り込んだつもりだ。

僕のこの2年間の生き方から何かを感じとってくれればそれで良い

そしてあとは自分で生き方を決めれば良い。


僕はあと何年生きることができるかわからない。


出血性もやもや病は発症後の再出血率は高く、再出血を繰り返し致死的となる場合も多いという。

10年以内に再出血する確率が極めて高いそうだ。

しかも統計的には46歳から55歳までの患者に高確率だという。

僕は48歳だ

かなりの確率で「来る」ことは覚悟している。


しかも出血の予兆はないだろうと思っている。

脳出血なんて何前触れもなく訪れるものだ。

家族はそんなことは全く考えていないだろうけど

僕は以前からそんな覚悟を持っている。


この本を書き終えたことで

今、もういつでも「そのとき」が訪れても安心だという何とも言えない満足に満ち溢れた気持ちになっている。

「これで命を繋げる」という安心感だろうか

どちらにしても息子には力強い人生を歩んでほしい。