有意義に生きるために死を怖れない心が必要

ある方から僕のブログを読んでかなり長文のメッセージをいただきました。

その方は僕が死=無であるということに対して

それは悲しいことです。「存在(神?)」を信じてほしい

あの世が存在するということを切々と訴えておられました。


もちろ善意なのでしょうが、僕にとっては死=無いう考え方は変わりません。

なぜ死=無と考えるのか。

それは悲しいことなのか?

決してそうではありません。

あの世が存在したり、死後に魂が残るということの方が悲しいと考えるからです。


なぜ悲しいのか?


仮にあの世が存在していたとします。

そして死後、魂が残っていたとします。

そのとき残った魂や死後たどり着いたときの「あの世」から

この世に残っている愛する(愛した)人々とはコミュニケーションは出来ません。


どんなに努力しても自分の魂の「存在」を知らせることも出来ず、

コミュニケーションも出来ず「つながり」を持つことは出来ません。


それは人間にとって究極の孤独だと思うのです。


究極の孤独=究極の地獄


だと思うのです。


これほど苦しい地獄は無いと思います。


だから死後は「無」であることの方が僕はずっとずっと幸せだと思うのです。


そうなれば「幸せ」ということさえ感じないのですが・・


あの世が存在したり、魂が残っていることの方が究極のきわめて苦しい地獄を味わうことになるのでは

ないかと思っています






人をなぜ「死」を恐れるのか。


それはきっと死=無であると直感的に気づいているからだと思います。


「無」が怖いと感じているのではないかと思います。

なぜなら人間が生きている瞬間が「有」だからです。

「有」から「無」は想像が出来ない。


そのことに対する怖れではないだろうかと思います。


だから人間の太古の昔から死後にも「存在」が残ることを信じたいと願い、


その結果「神」というようなものを「創造」したのではないかと思います。


でも僕は決して「無」は恐ろしいものでもなく、地獄でもないと思います。


つながりを断ち切られた状態で「存在」だけが残ることの方が地獄だと思うのです。


そもそも自分が生まれる前は「無」だったのですかから・・

明治時代に僕は存在していません「無」でした。


江戸時代に僕は存在していません「無」でした。


そこに立ち帰るだけなのだと考えています。


僕は最もいけないことだと思うのは「死を恐れること」だと思っています。


僕にとっては死んだ後「あの世は存在すること」や「魂が残ること」の方が

恐ろしいのです。そんな究極の孤独を味わいたくないのです。


だから「無」でありたいのです。


そう考えることによって「死」を怖れなくて済むのです。

僕はもやもや病に起因する脳出血を起こしていますので、再出血のリスクは

普通の脳出血患者よりも非常に高いのです。出血性のモヤモヤ病の10年以内の再出血の

確率は極端に高いのです。

再出血=死を意味します。

つまり私は10年以内に死ぬ確率は非常に高いのです。


だからいつ死んでも良いという覚悟が必要だったのです。

今でもそれは同じです。

そんな状況で「死」を恐れていると今を有意義に生きていけないのです。


決して死ぬために「死を怖れない」ようにしたいのではなく、

今を有意義に生きるために「死を怖れない」ようにしたいのです。

僕にとっては「生きている今この瞬間」が最も大切なのです。


だから僕にとって死後のことなんてどうでも良いのです

そんな結論のでないことを悶々と考えて生きているこの瞬間を無駄にしたくないのです。


だから死=無と考えることで死を怖れないようにしているのです。


無とは仏教で言う「空」の世界に近いものではないかと考えています。

「空」という概念を考えた太古のインドの人たちは素晴らしいと思います。

全ては「空」であるという考え方。

「0」(ゼロ)という概念を世界で初めて考えたのもインドの人たちです

この「空」という概念を身に付けることは、今を生きているこの瞬間に心を乱すことなく

生きていくために必要なことだと僕は思っています。


もともとこの世の中は全て「空」である。

つまり僕の考えている「無」であると思うのです。

死後に「無」になることは「無」に「戻る」だけのことだと思うのです。

だから何も恐れる必要は無い。

この大宇宙の自然理法にしたがって無からビッグバンによってこの世の大宇宙という「有」が生まれ、

最後に再び「無」に帰することと同じだと思うのです。

死を怖れないことこそが生きている今を最も有意義に生きていけることではないかと思っています。

死後のことよりも今生きているこの瞬間の最も大切だと思っているのです。


これは誰に教えられたわけでもなく、この2年間、死というものと向き合って考え続けたどり着いた

僕なりの結果なのです。だから僕だけのものかもしれません。

でもそれで良いのです

自分が今この瞬間を何の怖れも無く、有意義に意欲を持って生きていけるのなら・・

こんな考え方は、絶えず「死」というものは目の前にぶら下がっている僕が死を怖れず

今を生きているこの瞬間を意欲を持って、希望を持って、強く生きていきたいという

気持ちから辿りついた(僕のための)考え方なのです。


全ては今を有意義に生きるためなのです。


今を大切に生きることが最も大切なことだから・・