可能性への挑戦

僕の左半身麻痺の回復の可能性は有るのだろうか。


ほんの10年前までは脳卒中による後遺症の麻痺ついては

発症後半年以内に回復しない場合には永遠に回復しないと考えられていたという。

つ一度損傷(死滅)した脳細胞は再生は不可能であるという理由からである

しかしこの10年の医学の発展により損傷(死滅)した脳細胞そのものは確かに

再生不可能であるが、脳全体に可塑性「脳の再構築」という能力があることが分かってきたそうだ。

これは生き残った部分の脳細胞が必要に応じて必要な脳機能を再構築するというものだ。

「代償機能」とも言われている。

つまりは右手を動かすための脳細胞が死滅したとしても生き残った全く別の脳細胞が

リハビリをすることによって死滅した右手を動かす脳細胞の替わりをする能力があるというのだ。

ただ残念ながらその可塑性(再構築)という能力がどの程度リハビリをすれば発揮されるのか、

あるいはどの程度の期間で再構築されるのかは全く分かっていなようだ。

つまり「可能性だけはある」という状態だ。


これも結構辛いものだ。

たとえば、あなたの場合3年がんばりなさい。そうすれば回復しますと言われれば

頑張れるのだが全くわからない状態である。

言ってみれば目標は存在するがどの程度の距離があるのかわからないというような状態だ。

つまりいつまで頑張れば良いのか分からないのだ。

もしかすると死ぬまでには回復しないかもしれないのだ。

そんな状態でいつまで頑張れるのか僕にも自信はない。


正直言って毎日が辛い。

僕の左半身麻痺はまるで奴隷が鉄の球を手足に鎖でつながれているような感じなのだ。

左半身全体が鉛でできた重い何も感じない体をはめこまれたような感じなのだ。

脚は足の付け根から先が鉛の足がぶら下がっているような感じだ。

左肩と左足の付け根にいつもこんなものをぶら下げている感じだからたまったものではない。

こんな状態で杖をつきながら何とか足の付け根から足を前に降り出して歩くのだ。

100メートル歩くと疲れ果てる。

毎日日常生活で立ったり座ったりしているだけで猛烈に疲労してしまう。

1日が終わるともうグッタリである1日が終わりベットにごろんと横になった瞬間が至福の瞬間である

こんな日々をいつまで続けなければならないのか。

先のことを考えると辛くなるどれくらいの期間この状態なのか分からない

でも医者に聞いても、本を読んでも「可能性はある」というのである。

ただそれだけである

半年なのか1年なのか5年なのか10年なのか、はたまた20年なのか全く分からない。
片麻痺の障害者の中には脳卒中で発症してから10年以上経過している人はざらに存在する。
つまり10年たっても回復しない可能性もあるのだ。

そんな状態のなかで「可能性だけはある」というのだ。

発症してからもう2年半になる。
その間必死でリハビリを続けてきたが回復の兆しさえ感じられない。

リハビリでつらいのはいつまでたってもこの「兆し」が感じられないことだ。

スポーツでトレーニングする場合とまったく違う。
スポーツの場合、例えばトレーニングをしたとき、筋肉痛という「兆し」を感じることができる

でもリハビリでは、脳が再構築を始めているなんて全く感じることが出来ない。

全く兆しを感じない状態で続けるのはつらいものだ。

でも僕はその可能性に向かって挑戦するしかないのだ。可能性がある限り・・・

でも「可能性がある」というだけでも幸せなのかもしれない。

なぜなら可能性に挑戦することができるからだ。。

可能性があるという限り挑戦し続けるよう。

挑戦を止める時、そのときは死ぬときだろう。

挑戦し続けていること自体生きている証だと思うようにしよう。

折角生きているんだから身体の回復を目標にするだけでなく

志も目標にしよう。

志の可能性にも挑戦だ。

到底達成不可能なような志かもしれない

でもからの回復もいつ達成できるかわからない可能性に挑戦し続けなければならないのだ

だったら志もそうしよう。

無限の可能性に挑戦し続けていると思えばよいのではないか。

諦めることはない。。。可能性がある限り・・

人間の可能性は無限だと思うから