人間にとって夢と希望って何だろう

夢や希望って何だろう


夢と希望・・


僕の一昨日のブログにコメントをいただいたある方のブログを読んでいると

「夢も希望も無い・・」

と書いてあった。。


それを読んでふと思った。

そもそも夢と希望って何だろう。。

夢がかなうということは、

自分の欲求を満足させることだろうか

たとえば、

・オリンピックで金メダルを取りたいという欲求

・事業で成功して金持ちになりたいという欲求

人それぞれさまざまな欲求があると思う。


そんな欲求を満たすことができることが夢を実現させることとか「希望」になるのだろうか

考えれば考えるほどよく分からなくなってきた。

よくよく考えていくと人間が「生きる意味」を追及しなければならないと思えてきた。


自分自身が生きる意味、そして人間が生きる意味は何だろうか。

どんなに頑張って生きていても僕のようにある日突然半身髄の障害者になってしまうこともあるし、

どんなに真面目に一生懸命生きていても、今回の震災の被災者のように被災して愛する人
亡くしてしまったり、一生懸命築き上げてきた財産もすべて無くしてしまったり、
自分自身が死んでしまうこともある。

そしていつかはこんな災害に合わなくても誰もが死んでしまう。

一体我々人間は何のために生きているのだろう。

死ぬために生きるのか!?」

この疑問は決して今回の地震の被災者のような人々や、ある日突然不治の病に冒されてしまった人

だけの疑問ではないような気がする。

最近の若者(いや若者だけではないかもしれない、現代の日本人すべてかもしれない)も

自分の生きる意味を見いだせなくなってしまっているのではないはないだろうか

なぜ人間は毎日一生懸命生きるなければならないのだろうか


僕自身、障害者になってしまった当初、自分の生きる意味を見失ってしまった時期がある。


健常者の頃、僕は事業で成功したいとかお金を儲けて優雅な生活をしてみたいなどという

「夢?」は持っていた。

そのほかにも僕は多少水泳が得意で体力に自信があったからかもしれないがエメラルドブルーの南の海で
フリーダイビングで水深50メートルくらいまで高樹 沙耶さん(現益戸育江さん)のように潜ってみたいというような「夢?」を持っていた。


ある日突然、脳出血によってその全てができない身体になってしまった。

正に茫然自失の状態だった。自暴自棄になっていた。

そして自分が「生きる意味」を見いだせなくなっていたように思う。

もう幸福な人生を送れないかもしれない。

そんな言葉が、頭の中を何度も巡っていたように思う。


幸福・・・・


そうだ、人間は皆、「幸福を追求する」ために生きているのではないか。

それこそが「人間の生きる意味」ではないだろうか

じゃあ幸福っていったい何なんだろう。。

幸福=「欲望や欲求を満たす」ではないと思う。

やっぱり僕が最も今幸福に感じる瞬間は人とコミュニケーションをしているときだ。

つまり幸福=「人とのつながり」ではないだろうか

幸福=モノとのつながりでもあるのではないだろうか


死は全てのつながりが切れることだ

だから恐れるのだ。


今僕はそんなふうに感じている。


先日石巻に行ったとき、避難所には行く事だけは出来なかった


というより

行きたくなかった。「行くのが怖かった」というのは正しいかもしれない。

そこにはきっとあまりにも多くの「つながり」を失ってしまった被災者の方々がたくさんいるのだ。

その心に言葉に出来ないくらい大きな傷を負った被災者の方々にどんな慰めの言葉をかけて良いのか・

言葉が見つからないからだった。



人間にとって「つながり」ほど大切なものもないのではないだろうか

夢や希望はつながりの中で持つものではないか。あるいは見えてくるものではないだろうか。

僕も僕の志に賛同してくれた協力者が徐々に増え始めた頃から失ったように感じていた自分の

「夢と希望」が見えてきたような気がする。

これはきっと自分ひとりだったら見えてこなかったのではないだろうか


人はつながりのない状態では夢も希望も見つからない。 



今の若者(現代人は皆?)人のつながりを絶ち切ろうとする傾向があるように思える。

「ウザイ」というような言葉で・・

結果として孤独になり、夢や希望が見えなくなってしまっているのではないだろうか。

夢も希望も見えなくなるような社会にしてしまってはないだろうか。




そんな意味では東北のような田舎の方が人とのつながりが深いので東京の人間よりも、

夢や希望を持っていたのではないだろうか

そんな夢が希望を津波は全て奪い去ってしまった。大切な「つながり」さえも

奪い取ってしまった。なんと残酷なことなんだ。。。

自然とはこんなにも残酷でなければならないのか、


今回の地震津波で失ったものは家とか財産とかだけではなく、

「つながり」といっしょに、人々の夢や希望までも奪ってしまったのではないだろうか

僕は今そんなふうに感じている。

つながりの深い東北の人々だからこそきっと新たな夢や希望を見出してくれるのではないだろうか。

いや、そうして欲しい。


そうなってほしい。


あの悲惨な状況この目で見てしまうと、とても「頑張れ」なんて言えないけれど・・


でも僕は僕自身は今持ち始めた夢や希望が叶えられなくても良いと思っている。


今の自分にできる限り精一杯生きることができればそれで良い。

生き方に誇りを持つことができればそれで良い。
(たとえ夢がかなわなくても・・今の活動がうまくいかなくても・・)


死ぬ直前に瞬間でも良いから「一生懸命生きた人生だった」と思えればそれで良い。

それこそが僕の生きる意味だと思うから。。