心の柔軟性が人類の限りないの生成発展の源泉


かのダーウィンもいっていますが、
「一度正しいとされたとは、常識」されてしまい疑うことをしなくなる。これは科学の発展きわめて有害である。」と・・


これはビジネスの世界でも同じであると思う。
特に役所などこの傾向が強いように思う。
既存の価値観やと囚われの心を捨て、無垢な子供のように素直な心で物事を考えてみれば、そこに疑問や矛盾が見えてくる
のではないだろうか。こういった素直な視点は心の柔軟性を生み、新しい発想や知恵の源泉だと思う。
人間というもの自分の経験に基づく「こだわり」というものは捨て難いものだ。
それは自分が過去から積み上げてきたプライドでもあるからだ。
ときにこのプライドは良い意味でのが頑固さであり、妥協のない力強さの源泉となるが、一つ間違えると囚われの心により
物事を正しく客観的に私心なく観察できず、新しいモノを生むことを阻害する。
これは人の人生にも言えることで、過去に囚われると次の一歩が踏み出せない。
人間、人生の中では何が起こるかわからない。
否が応でも過去を捨てさせられることが起こるものだ。
そんなとき、過去にとらわれ、私心にとらわれるといつまでも次の一歩が出ず、前に向くこともできず、希望も持つことができなくなる

高い欲求水準や高い志などは自我の強い、強烈にプライドを持ち、自分のポリシーを持つ人が持つものだと考えがちだが、
逆に私心が少なく、自分のこだわりやプライドとらわれない素直で謙虚な人の方がより斬新で人には真似のできない高邁な志を持つことができるのではないだろうか
心の柔軟性がないと文明が固定化してしまい、人類の生成発展に大きな害となると思うのである。