「なぜ」という問いかけが本質を捉える


なんで?


「当たり前」と思っていることに「なんで?」と問いかけてみると面白い。

人間、自分の中では明確な理由が分かって行動していることは以外に少ない
明確な理由を理解して、見ること見ている世の中の事象は以外と少ないと思う。
「そんなもんだろう」「当たり前」という意識なので漠然としか認識できていない
本質を掴めていない
本質(原因と言ってもよいだろう)をつかめていないと、苦境や人生の壁に出会ったとき
不安や恐怖に襲われるものだと思う。
なぜなら原因がわからないから対応が見えないからだ。
本質を見抜いていると対応策がわかるので、冷静に行動することができ、
むやみに心の不安に囚われない

障害者となってから「なぜ」と問い続けた。

なぜ脳出血を起こしてしまったんだろう

なぜ僕は障害者になってしまったんだろう

なぜ生きているんだろう

なぜ生きなきゃいけないのだろう。

決して明確な原因と答えが出てきたわけではないが,

できるだけ素直な気持ちで問い続けることで、生きる意味や出会った苦境を自分なりに
客観視することができたし結果として、自分なりに解決策を見い出すことができたような気がする
そして自分の人生を受け入れ「消化」することができるような気がする。


「なぜ」と問いかけることは人が生きる本質を捉え、自分の人生に立ちはだかる「壁」に対してその解決策を見出すきっかけを作ってくれる大切な視点だと思う


「なぜ」と問いかけ続けることこそ、自分の「道」を見つけるための大切な思考だと思う。

たぶん僕は、一生「なぜ」と問いかけ続けるだろう。

それは僕にとって、とても楽しい脳(=心)の中の作業でもある