意欲こそが脳の能力を強くする。

先日週に一度のリハビリに行ったときに、担当者の理学療法士さんから
非常に興味深いお話を聞いた。
それはその理学療法さんが昔担当した患者さんのことだった。
その患者さんと言うのは5歳にして歩くことができないという障害者だったという。
そしてその患者さんの脳をCTなどでいくら検査しても、脳の損傷などの異常は見当たらなかったそうです。
どうしても手足が動かな原因が暫く分からなかったそうです。
そしていろいろと親御さんと話をしているうちに、ある問題に気がついたそうです。
その親御さんは、その患者さんが生まれたときから「過剰な過保護」だったそうです。

なんでも親がしてあげたそうです。
つまり赤ちゃんの時からその患者さんは何かを自分でやるという経験がほとんどなかったそうです。
これは大変驚きで、健康な能を持つ人間でさえも「自分でやらなければならない」という状況がないと、
歩くこともできなくなるということです。

もう一つの問題はその患者さんは「生まれつき意欲に欠ける」という傾向があったそうです。
つまり自閉症のような傾向があったということです。

この話は僕にとっても驚きであり、同時に今回の自分の障害の回復に希望を与えてくれたお話でした。

僕は人間が歩くとか、ものをつかむというような基本的な動作については、「遺伝」の要素が強いと
考えていました。ところがこの考え方がひっくり返されたからです。

つまり「歩く」とか、「手でものをつかむ」という基本的な動作でさえ、人間が後天的に習得する機能であり、
能力であるということを示しているからです。
要するに、自分がは「あそこまでいきたい。」例えば「あそこにあるおもちゃで遊びたい。」という意欲が、
「移動する」という能力を付けるのです。
このことからも「意欲」のないところに人類の発展は無いと感じました。
そんなことから今の日本を振り返ってみると、今の若者たちは「意欲」に欠けているような気がする。
おそらくその原因は、今の日本は、いくら不景気だとはいっても、最低限生きていく上で必要な物質的豊かさは
十分にある。だから「意欲」が沸かないのではないだろうか。

僕は周りのおかげで、今「意欲」を持つことできている。

だから障害者になった今からでもビジネス英語を取得しようと今勉強を開始し始めている。
もう48歳だけれども、まだ遅くはないと感じている。
意欲さえあればいつからでも脳を鍛えることができる。
そう信じている。
今回の話を聞いて今からでも訓練すれば、
障害を克服できるのではないかという希望を持つことができた。

だから生きている限り、永遠に回復を諦めない。
そして「障害者であっても、社会に役立つ人間になるぞ。」
という意欲をいつまでも持ち続けていたいと思います。