僕にはできないことがあります。でも僕にしかできないこともあります。

障害者の僕にはできないことがあります。

でも僕にしかできないこともあります。

僕は障害者になって、たくさんのことができなくなりました。

特に仕事においては、左手が動かないので、書類の扱いはとても苦手で遅くなりました。

もちろんモノの持ち運びは大の苦手です。

ちょっとした重いものはち運ぶことができません。

しゃがむことができないので、
パソコンのセットアップや電化製品のセットアップなどはできなくなりました。。

素早く動くことはできません。立ち上がることさえ、まるで90代の老人のように愚鈍な動きです。

人に頼まなければならないことはたくさんあります。

でも僕にしかできないこともあります。

障害者となってから2年間、僕にはたくさんの「考える時間」がありました。

これは神様からもらった体の機能を失った代わりのご褒美だと思っています。

そのもらった時間で、僕は社会に役立つことは何か。今、社会に必要なことは何かを
十分に考えることができました。

そしてそれが僕のき生き甲斐であり、希望になっています。

具体的な社会貢献できる夢を考えることができました。

多分この構想は、僕しか持ってないものです。

これができれば、きっと世の中の役に立つという自信があります。

構想をの具現化する方法も十分に練ることができました。

これが僕にできることです。毎日が忙しい健常者の人には、きっとできないでしょう。

たぶん健常者だったこの僕にはできなかったでしょう。

僕にできないことは、人にお願いするしかありません。

僕の構想を日本における人(健常者)に伝え、賛同してもらったら、素早く動き回るなど僕にできないことをお願いしよう。

それで構想が具現化し、社会の役に立つことができれば僕が生きている価値があるじゃないか。

もしも僕の存在自体が、僕の考えていることが、
周りの皆さんに希望を与え、勇気を与えるなら、それだけでも生きてる価値があるじゃないか。