何をしたいかより、何をしなければならないかの方が大切?

さっき、テレビで年末の菅首相のコメントを放送していたのですが、

記者からの何をしたいかという質問に対して

「私が何をしたいかより、何をしなければならないかの方が大切」と言っていた。
僕はその瞬間「あなたに日本をこうしたいとか、こんな日本にしたいというビジョンはないのか」と思ってしまった。

これはまさにビジョンなき政治だと思う。

菅首相は雇用重視、雇用重視としきりに言っているが、雇用を創出するための日本の将来ビジョンが
全くないのではないか。

雇用促進しなければならないから、雇用促進緊急対策として経団連に採用を多くするように求めるとか
雇用促進助成金とか、少子化だから少子化対策として子育て支援助成金とか、まったくもって目先の
受け身的な対策ばかりであるように感じる。

そもそも大企業に採用を多くするように求めること自体ばかげている。
企業には採用を増やすことができない理由があるのだ。
それをそれを解決せずにいくら採用を増やせと言われてもできないものはできない。

菅さんに将来の日本の具体的イメージがあるのだろうか。
とても10年先、20年先いや50年先の日本のあるべき姿のビジョンを
持っているようにはに思えない。

まずはじめにビジョンありきであると思います。

技術をそうだと思います。どういう世の中を実現したいのかというグランドデザインがあって初めて
それに必要な技術開発していくということが本来の姿ではないだろうか

政治などが正しく国家100年の計という言葉があるように、10年先、20年先いや50年先の日本のあるべき姿のビジョンを明確にして、そのビジョンを達成するために、今何をしなければならないのかという長期的展望に立って政治をしなければならないのではないか。
菅さんのこれまでの目標は総理大臣になることが個人的ビジョンであったように思えてならない。
だとしたら総理大臣という目標を達成してしまった現在、次の目標は何もないことになる。
目先に突き付けられた問題に場当たり的な対応をしていくしかないのだろう。

恐ろしいことだと思う。