献身する喜び

人は社会の役に立っているという実感を持つことで、生きる喜びや存在価値を感じるものだと思う。
それは献身の喜びだと思います.


現代人は献身の心を忘れ、個人の自立とか「個の独立」、「自由」とか「基本的人権」の名の元に自分を家族や国家の連帯から切り離してしまってはいないだろうか。

そして、結果として自分を孤立させてしまい、孤独に陥ってしまってはいないだろうか。

「人の役に立っている」という喜び

これほど生きがいを感じるものはないと思う。
これは障害者となり、一時期「もう僕は何の役にも立たない人間になってしまったのではないか」という気持ちになり自暴自棄になった僕が感じることです。

これは社会の最小単位である家族の絆にも言えることだと思います。

このことを言うと女性陣に反発を確保くらうかもしれませんが、「妻が夫に尽くす」ということは大切なことだと思います。
これは決して一方的に尽くすのではなく夫も家族のために献身しなければいけないと思います。。
あくまでも家族は「相互扶助」だと思います。
だから何も女性は家事をしなければならないと思いません。
収入を得る能力があるのであれば外へ出て稼いでも良いだけです。
献身するということは喜びだと思うのです。

仕事も同じです。
損得勘定だけ仕事をするのではなく、会社へ献身、ひいては社会への貢献を感じることで本当に良い仕事ができるのだと思います。
近年企業は終身雇用という雇用形態を維持しているところは少なく実力主義になってきた。そのため社員は会社への「忠誠心」がなくなってきたといわれてますが、決してそうではないと思います。
昔の日本人が会社に忠誠心も持ち、身を呈して会社に尽くしたのは日本人が昔から持っている武士道の精神でもある「忠義」の精神があったからだと思います。
これが日本人の力である日本の会社の「総合力」を高め、奇跡の高度成長を成し遂げ、世界最高の2実力を持つことができた要因だと思っています。

実力主義であっても献身する心を持つことができると思います。
給与の額よりも「役に立っている」という喜びの方がずっと人間にとってやりがいを感じるものだと思います。それが理解できれば、実力主義であっても、「献身」できるものだと思います
最近の若い人に感じる事ですが、「it is no my business」というような考え方の人が多いように思います。自分に与えられた仕事以外一切しない。他の部署の仕事を手伝おうともしない。
まるで縦割り社会の役所の人間のようである。
そんなことをしていたらどんどん「つながり」が薄れ、日本独特の強みである総合力がなくなっていくのではないだろうかと危惧しています。