人間の感情、たとえば喜びや憎しみ、甘え、ねたみなどの感情は自然な単なる心の反応か?

人間の感情、たとえば喜びや憎しみ、甘え、ねたみなどの感情は自然な心の反応か?

「命とか感情って何だろう」という記事に人間の感情、たとえば喜びや憎しみ、甘え、ねたみなどの感情は自然な心の反応ではないかというコメントがありましたので、非常に好奇心を感じてしまって調べてみました。

人間の感情、たとえば喜びや憎しみ、甘え、ねたみは自意識とか自由意志でいうものによる心の動きではなく

人間が本来持っている心の「自然の反応」ではないかという議論については昔からから神経科学会で議論になっていたそうです。
1980年代までは、すべての人間の行動は何らかの刺激に対する反応であるつまり条件反射の集合体であるという考え方が主流だったそうです。
しかしアメリカのエドワード・タウブ博士という脳神経科学者の実験ともう一つの実験により、
この考え方は、根底から覆されたそうです。
彼は行動は何らかの刺激に対する反応であるとするならば、たとえば刺激の入力系の神経をすべて切断してしまえば、反射はなくなり動かなくなるはずだと考え、感覚入力系神経「求心路と言うらしい」を切断してみたのですが、それでも手足を動かすことができるという実験結果が出たそうです。
また近年では、たとえば数字の2を目で見たときに反応する脳のシナプスが、「数字の2を想像する」だけで
全く同じシナプスがは発火反応することが確認されたそうです。
つまりすべての「実態のない」想像が「自体のある」脳細胞に痕跡を残すことが確認されたということらしいです。これによって哲学者デカルトが提唱した心身二元論が覆されたということです。
デカルトは精神や魂や心というものは実体体がなく、実体のある脳とは別物である。実体のある脳は物理法則に従い、実体のない精神や魂や心は口物理法則に左右されないと主張していたそうです。

これが近年、脳神経科学の研究により、脳は自らの「意思」で自らを変化させ再構築することができる。
つまり「可塑性がある」ことが証明されているそうです。

この文献から命=心=魂=脳と僕は考えるようになりました。

だからスピリチュアルカウンセラーさんという人が、「あなたのご先祖の霊が今そこで、あなたの後で
あなたを見守っていますよ」とか言っているのを聞くとあまりにもいい加減だと感じてしまい、
怒りまで感じてしまうのです。

虫のような小動物にこのような働きがあるかどうかは分かりません。
なぜなら虫に「2という数字を想像してください」と言ってその脳の反応を調べるというような実験は不可能だからです。

その意味で虫のような小動物の動作はすべて条件反射であると考えた場合、命は存在しても心や魂は存在するのだろうか疑問が湧いてくるのです。

「生きる」ことそのものが「命」であるならば、虫のような小動物も生きている限り「魂」や「心」は存在しなくても命が存在するのだろう。