人生をやり直したいか

昨夜、誰か(神様?)が人生をやり直させてくれるという変な夢をみた。

いつの間にか高校生に戻っているのだ。

今、もし神様がいて、もう一度一から人生をやり直させてくれると
言われたら僕は「絶対にいやだ」というでしょう。

なぜなら、今振り返ってみると僕の人生は我慢の人生だったと思う。
そして不器用だったが精いっぱいが、頑張った人生だった。
もう一度頑張れというのか。僕にはもう一度今までの人生と同じように頑張る自信は無い。

もう勘弁してくれというのが本心だ。

子供の頃から不器用で気の弱い人間だったので、いつも自分を変えたいと思っていた。
そして自分なりに常に120パーセントの力を振り絞っていたと思う。

振り返って僕は・・
生まれて3ヶ月目で肺炎に襲われ、医者からも「もうダメです」と見放されたにもかかわらず
生き抜いた。(僕は当然覚えてないがその記録はぼくの母の日記にもも残っている
「初めての子がまもなく死ぬ。おむつのウンチを手で触りながら、もうこのウンチを触ることさえできないの?」と書いてあった)赤ちゃんながらに120%の力を振り絞って僕は生き抜いたのだろう。
小学校の頃、僕は気の弱い男の子で毎日のように近所のイジメっ子いじめられ、泣いていた。
小学校の6年間はいつも泣き虫と言われ続け、いじめられ泣かされていた。
そんな自分を僕は強くしたいといつも思っていた。
そして剣道を始めた。でも元来闘争心が少ない僕には向いてなかった。
一生懸命、人一倍素振りや「かかり稽古」の練習をした。
しかし試合ではいつも負けていた。
剣道のような武道の試合は技術ではなく「闘争心」の強いほうが勝つものだ。
武道に限らずサッカーなども含め対戦型のスポーツには「闘争心」が必要なのだ。
僕は元来気の優しい子供だったので「闘争心」というものをもつことができなかった。
そして自信を無くした僕は中学になって個人競技である水泳部に入った。
そこで僕は必死に頑張った。1日1万メートル近い距離を泳ぎこんだ。
厳しい監督だった。でも僕は「強くなりたい」一心で、辛い練習も我慢しやり続けた。
そして無理がたたってか、水泳の練習中に心臓発作を起こして、それ以来35歳まで
発作性頻拍とい発作に悩まされ続けた。発作の起こったときは脈拍が200近くまで上がり、
血圧低下して心音が聞こえなくなるような感じで目の前が貧血のような状態になり、
心不全で死ぬかもしれないいる恐怖に見舞われていた。
だから高校時代はさすがに運動部には入ることができなかった。
それでもそんな弱い自分を見せるのが嫌で、発作が起きていても、平気なふりをしていた。
特に大学時代ダイビングのクラブに入り、50メートル潜水という練習中に一度発作を起こしてしまった。
当時の先輩は、事故不安がって退部を薦めてきたが、それでもそれが悔しくて、
「もしもう一度発作を起こしてしまったらやめます」と大見栄を切ってしまった。
発作が起こるかどうかなんて自分でもわからないし、コントロールなどできるものではない。
それでも潜水の練習では発作が起こらないように祈るような気持ちで練習をしていた。
その時も、もしも潜水中に発作を起こしてしまったら、おそらく死ぬだろうという覚悟をしていた。
それでも、弱音を吐きたくないという気持ちが強く、他の部員と同様の練習をした。
幸い練習中に発作を起こすことなかった(実際は1,2度起こしたが、倒れそうになるなかで周りには隠していた)
特にお酒を飲んだときに発作が起こりやすかったので、宴会の席では、いつも怖かった。
無理をして飲んだ。大学でも社会人になっても、人並みにお酒の席につきあいたかった。
病気だとはいえ弱い自分を見せたくなかったのだ

その他にも不器用で気が弱かった僕は「彼女」も作ることができなかった。
ことごとく振られた。

今の家内は惚れて結婚式の結婚したのではない。

「彼女」として紹介された瞬間に特に悪い女性ではなかったと言う理由だけで(家内に失礼かもしれないが)この人と結婚しようとコメットミントしたのです。
「惚れてしまうとどうせ振られる」という自分が
「惚れた相手には必ず振られる」という自分がいたので、
惚れる前にコミットメントしてしまった^_^;
「この人を一生パートナーにしよう」と決めた。

「惚れた相手には必ず振られる」という自分がいたので、
惚れる前にコミットメントしてしまった^_^;
「この人を一生パートナーにしよう」と決めた。

コミットメントしたからにはどんなこと(価値観の違いで離婚なんてありえない。)
があっても最後まで夫としてい意地尽くでもしていく。
コメットミントしたからには価値観などの違いも全て受け入れべきだと思っている。
全てを受け入れてこそ、コメットミントできるのだ。
するそう決めた 家内には失礼かもしれないが・・

そんなことでもしなければ不器用な僕は結婚などできなかっただろう。

だから障害者となった今でも「大黒柱」としてコメットミントした役割は意地でもの全うするつもりだ。

社会人になればなったで、本来技術系で口下手にもかかわらず、一度入社した技術系の会社を退職し、
コンサルティング会社というような最も人前で話す能力が必要な会社に転職してしまった。
これも自分への、自分を変えるための挑戦だった。
そこで初めて飛び込み営業をしたときなどは、本当に怖かった。

いつも必死だった。この心臓病も35歳の時カテーテルアブレーションという7時間に及ぶ手術を受け完治した。これで人並みに頑張る(お酒の席での営業など)ことはできると思った。

そんな自信ができたのか、柄にもあわず、自分の会社を作ってしまった。
案の定苦しんだ。
当たり前の話だ。もともと技術系であった僕が、社長自らが営業の第一線に立たなければならない「経営」などできるわけがないのだ。
当然のことながら毎月の資金繰りにも苦しんだ。銀行から大きな借り入れをして、返済が出来る見込みがなくなりつつある危機感から必死で働いた。そのころは120%どころか、200%近い勢いで働いていた。
1週間徹夜したこともある。
今思うと、明らかに自分に向いていない仕事に我ながらよく頑張ったと思う。
そんなときリーマンショックに襲われ、売上が落ちた。もう体が限界だったのだろう。
そんなときとどめがきた。最後のとどめはは顧客からのクレームメールだった。
もうダメだと思った。その瞬間、左半身麻をつかさどる脳の血管が破裂した。
僕は決して成功者ではない。大きな人間でもない。弱い小さな一人の人間でしかない。
でもそれなりに「自分を変えたい」という思いで、120%で生きてきた。
それだけは自分で自分を誉めてあげたいと思う。

だからこそもう一度同じことをやれ言われると僕には自信がない。
だからもう一度人生をやり直させてくれるといったとしてもまったく嬉しくない。

こんなに我慢して、頑張ったんだから、もうこれでいいしょ
というのが本心だ。

今までの人生を後悔しているわけではない
自分の能力と常に闘っていた。常に劣等感と闘っていた。
この2年間も毎日が苦悩との闘いだった。
このな人生だった。でもそんなじんせいだったが、自分の生き方自体に後悔は一つもない。

そんな夢を見て、自分の人生を振り返り、もうこれ以上頑張らせないでくれ。

もういいいだろ

という思いが心の中に沸き上がってきていて今朝、訳もなく大人げもなく涙が流している
まだまだ弱い自分がそこにいた。

映画スターウォーズ暗黒卿シスが後に暗黒面に落ち、ダースベーダーとなってしまう若きアナキン
スカイウォーカーとの戦いで「頑張って自信を付けた者ほど失敗したときの挫折感が大きく、
憎しみと恐怖から暗黒面に落ちるのだ!」と言っていたシーンを思い出す。
そこに今回の脳出血による(挫折?)により憎しみや恐怖が生まれ、自暴自棄となった僕を重ねあわせてしまう。
確かに去年の春頃、退院し、日常生活に戻ったときは肢体機能を失い何もできなくなった自分に気付き
必死で作り維持してきた自分のじ会社を失ったことにより挫折感はとてつもなく大きく、
やり場のない悲しみと怒りで、自暴自棄になった時期があった。

しかし必死で前を向こうと努力した結果、そんな深い悲しみと怒りに襲われたにも関わらず、今前を向くことができている

だから僕は「シス」は間違っていると言える
ジョージルーカス監督が表現しようとしたの人の心の暗黒面とそこに陥りやすい弱い人間というのも理解できるけれども、人は前を向くことに努力している限り、たとえ挫折しても、前を向き続けることができるそこからは人や世の中への憎しみや恐怖のため心が荒んでしまうようなことはないと思う。