「大切なのはお金なんかじゃない」は本当に、キレイ事か

どこかのFX投資のコマーシャルで、

「大切なのはお金なんかじゃない!」

とか言いながら「またキレイ事言ってしまったよ。」
というようなことを言ってるコマーシャルがありますが、
決してキレイ事ではないと僕は言い切ることができます。

今の僕は本当にお金なんかほしくない。
と言っても全然必要がないわけではないですが・・

最低限の生活ができればそれで良いと本当に思っています
それよりもこれからやろうとしている事業で仕事してる方が
ずっとずっと何百倍も楽しくて仕方がないのです。
環境技術を探す社会の役に立つことができそうだ
この高揚感は何物にも変えがたい快感です。
先日も東京まで東北大学のネイチャーテクノロジー研究会に出席
したときも本当に楽しかった。
健常者のころスキューバダイビングが好きでモルジブなどの南の島の
リゾートホテルに行った事があり、その時のすごく「幸せ」を感じたのだが
そのものでもずっとずっと楽しく高揚感のある研究会だった。
「人の役に立つ」社会の役に立つ」ことができることに触れることが
これほどまでに高揚感をもたらすのか。
自分でも驚いている。自分の心の中のパラダイムが完全に変換していると感じている。
お金なんて人間の心を荒んだモノにしてしまうだけだ。
お金持ちほど資産が目減りしていくことに対して極端に恐怖を感じるという。
だからつまらない投資詐欺にだまされてしまうのだと思う。
「恐怖感」「焦り」が正しく物事を見えなくしてしまっているような気がする。
お金で幸せを手に入れることができると信じている人はかわいそうだと思う。
そんな「恐怖感」や「焦り」にいつも苛まれているのだろう。

僕は違う

最近は仕事をしている毎日がとても楽しい。そんなに儲かっているわけではない
これからが立ち上がるとしている状態だ。今後どうなるか分からない
それでも「今やろうとしていること」自体に心の高揚感とエクスタシーに近いものを
感じている。

先日の茨城県取手市の通り魔事件の犯人が「自分の人生の終りにしたかった」などと
言ってるらしい。案の定、住所不定無職だ。

27歳・・人生のなかで最も夢に向かって突っ走ることができる年齢ではないか

こんなことを言うと
就職氷河期で夢も希望もない時代時代に生まれたのだから・・」というような
言い訳が聞こえてきそうだが、
全く甘ったれであると思う。夢とか希望と言うものは時代な状態でも世界の状態でもない
夢とか希望というものは持たせてもらうものではない。自らの心で創造し、作り上げていくもの
だと思う。
誰がなんと言おうと、自らの心の中に自分だけが信じることができる夢や希望があればそれでいいのだ。

人から夢物語だと言われても
「世の人は我を何とも言はば言へ 我がなすことは我のみぞ知る我が成すことは我のみぞ知る」
の心意気で生きていかなければ人生おもしろくない。

それさえできていれば途中で死のうが僕みたいに障害者になってしまおうが、
その人生は「無念なれど悔いなし」といえるに違いない
この心の高揚感は何兆円のお金を積もうが買えるものではない。
これはお金に目を奪われ、くだらないFXなどの投資で楽をして稼ぎたいと思っている人たちには
どうやっても理解はしてもらえないだろう。

でもこのことは心を閉塞感に覆われてしまい無気力になっている今の若者伝えたい。理解をさせてあげたい