国際外交は本当に「目には目を、歯には歯を」でなければならないのか

昨今の尖閣諸島問題で、日本政府は「弱腰外交」と非難されている。
国際社会はそんな生易しいものではないという声も聞こえる。
「平和ボケ日本」という声もたくさん聞こえてくる。
19世紀以降西欧列強諸国の帝国主義から始まって、国際社会は
パワーポリティクスであるという国際政治学者もいる。
確かに必ずと言っていいほど「報復措置」を行い、それによって紛争を「解決?」してきた
西洋諸国を見ていればそのようにも感じる。
本当に「目には目を、歯には歯を」でなければ国際社会は通じないのだろうか。
「目には目を、歯には歯を」の記述はハンムラビ法典196・197条にあるとされ、
新約聖書のや旧約聖書にもその記述は存在するそうだ。
これが西洋諸国の考え方の原点でもあるのだろう。
本当にこのような考え方で国際社会が成立するのだろう
よく日本の「弱腰外交」について平和ボケ日本というような言われ方をする
けれども。カウンター報復をすることが必ずしも解決につながらないと思う。
あのマハトマガンジーが無抵抗主義を貫いたときこのように言っている
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非暴力とは 悪を行う人間の意志に
おとなしく服従することではなく
暴力者の意志に対して全霊をなげうつことである

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無抵抗であることにより暴力者に贖罪の意識が芽生えるとも言っている。

そしてガンジーはそれを実践した。
そしてのこの思想によりインドを独立に導き、大英帝国を英連邦へと転換させた。

これこそすばらしい東洋の考え方ではないだろうか。
仏教えでいう、涅槃という考え方に近いものではないだろうか。
涅槃の境地になるためにはあらゆる煩悩捨てなければならない。
僕なりの解釈では煩悩とは人間の持つ「あらゆる我欲」と考えています。
憎しみに対する報復さえも人間の「我欲」の一つではないだろうか。
それを捨て「無私無欲」になることこそが涅槃ではないだろうか。
それにしてもあの孔子を生んだ中国がなぜこんなに攻撃的な
国家になってしまったのだろう。
僕の勝手な解釈ですが、それはアヘン戦争で英国に侵略され、奴隷のような
扱いを受けてから、その屈辱から「目には目を、歯には歯を」的な思想を
持つようになってしまったではないだろうか。
それに加えてそれを助長するような共産党一党独裁主義というものを確立
しまい、あの悪名高き文化大革命によって過去のすばらしい中国文化を
闇の中に葬ってしまった。
そんな中国に対して日本は「目には目を、歯には歯を」の外交をするの
ではなく冷静に「無私無欲」で「知恵の外交」をすべきだと思う。
そんな知恵の外交を見せてほしいものだ。
現政府にそれができるかどうかわからないが・・