理の対立はどこまでいっても平行線。

理の対立はどこまでいっても平行線。
世の中、人間と人間、国と国、「考え方」の対立が絶えない。
しかし「考え方」というのはどこまでいっても頭の中で考えた「観念」でしかない。
100人の人間がいれば、100人の「正義」が存在し、それぞれ自分が正しいということを証明するための
理屈付けはいくらでもできる。たとえば、アメリカとアルカイーダ、双方共に自らの正義があり、
自分たちこそ正義であるということを論証することはいくらでもできる。
だからこういった「観念論」では、どこまでいっても平行線である。
特に、現在のようなインターネットが普及きた社会のなかで、お互いの主張は、インターネット上という仮想空間での、「頭の中」だけ考えた「観念論」の対立にしかならない。現実の行動は、どこにも存在しない。
双方が自分の正当性をいくらでも理屈づけすることができる。
だから「炎上」という現象が起こるのではないだろうか。
インターネット上の言動には行動を伴わない。しかも匿名性が非常に高い。
こういった状況で、議論することに意味があるのだろうかと最近思う。
インターネットが普及した現代だからこそ。実際の「行動」を大切にしたいと思う。
行動は必ずしも「成功」や「解決」をもたらすものではないが、やはり行動をなくして「成功」も「解決」もないと思う。