単純であることは究極の洗練である

単純であることは究極の洗練である


あの有名な天才芸術家レオナルドダ・ヴィンチの言葉である

何事も小さな仕事に分けてしまえば、特に難しいことなどない
"モナリザの秘密だとか、ダ・ヴィンチ・コードだとか…
いろいろ隠された秘密があるっていうのが定説でしょ?

でも、どれもこれも、後生の人が推測したものであって
ダ・ヴィンチが自ら明かした秘密ではないし…

絵画とか芸術作品を製作するときって、そんなにゴチャゴチャ余計なことを考えるだろうか?
目の前にある景色が美しくて…とか
心に浮かんだ情景を形に表したくて…とか
わりと、衝動的なものなんじゃないかな?

ダ・ヴィンチほどの天才が、考えなしに作品を創るわけがない」
と、思い込んでるだけなのかもしれない。


単純であることは究極の洗練である

本当にその通りだと思います。

が、究極の洗練というのは、一般的には社会には受け入れられにくいということもいえるのではないでしょうか?
例になるかどうかわかりませんが、 例えば 携帯電話
現在の携帯電話は、ものすごく多機能です。
これを全て使いこなしている人はいるのでしょうか?
実際、私もこの多機能な携帯電話、全ての機能を使いこなす(必要としている)とは言い難いものです。
少なくとも、携帯電話の全ての機能、、、必要としていないのは事実です。
元々、 携帯電話 = 電話なのですから、話をするためのツールなのですが・・・
いつしか、写真を撮ったり、ゲームをしたり、というものにその目的が変化しているようにも感じられます。
100歩譲って、携帯コミュニケーションツール = 携帯電話 として考えても、まだまだ機能は多すぎる。
確かに、最近の携帯電話が画面も大きくなり、操作性も相当に向上しているようにも思えます。
開発しているメーカーの涙ぐましい努力を感じます。
消費者も多機能なほうが素晴らしい という勘違いをしているうように思えるわけです。
実際に携帯の価格も、ハードウェアの値段というよりも、中のソフトウェアの値段といっても過言ではないように思えるのですが・・・
パソコンのように、 消費者が、利用できる機能を選択して導入できるような工夫もあっていいのではないかと思います。
(決して、Apple社のiPhoneは、電話としては優れていませんが、そのほかの機能は自分で選択できるという意味では素晴らしいのかもしれません。 ⇒電話はもっと充実させる必要がありますよね)
さらに、あまりに多機能にしてしまったが故に、かえって電池の持ちが悪かったり、本来目的の電話(音声通話)機能が非常に使いにくかったり。
何でも中途半端にこなすことができる機械 + ちょこっと電話機能 
になってしまっています。
経済の豊かさ = 精神の豊かさ  ではないわけですが、
多機能な商品 = 精神の貧しさ を生みだしている感がありまます。
そして、
単純な商品 = 精神の豊かさ(心のゆとり)を生みだすような気がしてならないのです。

企業経営にしても同じことが言えると思います。

あの松下幸之助もその著書で書いています。

当たり前のことを当たり前にする
このことこそが経営の極意であると・・

たとえば商品を販売したお代金をいただく。
当たり前のことです。

妙な人情からきちんと代金を請求しない(いただかない)

来月回しにするほか、長期手形にするか、妙な小手先の「回避」をする。
こんなことするからややこしくなるのである。

経理業務なども最たるものである。

お金を使ったら帳簿の支出に記載する。
お金をいただいたら帳簿の売上げ記載する
実に単純なことである。
これをしないから、後々財務がぐちゃぐちゃになるのである。

パソコンのプログラムは複雑ですか?

いや実にシンプルです。プログラムは0と1の組み合わせだけです。

どこかで人間が0と1の組み合わせを正しく書かないから複雑になるのです

すべては人間が複雑にしまい、複雑に見せかけているだけです。

とくにソフトウェア業界では、
「このソフトウェアを作るのは複雑ですよ。だからこんなにコストがかかります」

と言って儲けるのです。実際にコストがかかっているソフトウェア会社もあります。しかしそれは
コストがかかるのはソフトウェア会社の社員がが正しい仕事のやり方をしていないことがほとんどの原因です)

全く役人と同じです。

単純なものを複雑だ複雑だと喚いて、予算要求をするのです。そして余ったお金は自分の懐へ・・
役所に行ったときに感じたことありませんか?
こんな単純なことなのに。こんなに複雑にしてしまうのか・・と

僕も若い頃(まだ若いつもりですが・・)、複雑化してしまったことによって失敗した苦い思い出があります。
僕は新卒で大企業(化学企業)に就職し、プラント技術の開発研究を行う部署に配属された。

その時僕はより製品が生産されるためのプラントの設計や、条件設定の研究を
行っていた。
僕は意気込んで、いろいろと条件設定を自分で編み出した理論に基づいて非常に複雑な
方程式を作り込んだ。(その方程式と理論は今でも「岡下理論」としてその会社で引き継がれている)
その方程式通りに生産すると、確実に目標の品質の製品が生産できるのだ。
僕は自信を持っていた。

自信を持って発表し、本稼働にこぎつけた。

しかし、見事に失敗した。
生産現場の人は誰もそんな複雑な条件や方程式を理解できないので、実用性ゼロだったのだ。

結局現場では不採用でした。

その時すごく年配のの定年間際の上司に言われた。
「世の中の本質は非常にシンプルなものです。それを人間が(複雑)という色眼鏡で見てしまっているだけのものがほとんどですよ。」

やはり人生を長く生きると、直観的に「本質」が見えてくるのでしょうね。

人間関係も(国家の関係も含めて)複雑そうに見えて実は実に単純なものである。
外交官の仕事(行動)を見ていればわかる。実に単純である
但し役人の作る書類は実に複雑である。本当は単純なものを「我々の仕事は複雑で難しい」と考えるから複雑になるだと思う。
とくにメディアは世の中が複雑であることをアピールしがちだ。
だってその方が番組が面白ろおかしくなるからだ。

Simple is Best