福祉の難しさ

昨日、知り合いの紹介である大手企業の特例子会社(障害者雇用を促進するための会社)で働かないか
という誘いがあり、面談に行ってみた(もちろん僕は今事業立ち上げようとしているので、就職する気などないが・・)そこではたくさんの障害者が働いているそうです。

面談の中で、思わぬ障害者を雇用することの難しさを知りました。
何かと言うと、長年福祉施設職業訓練などを受けた障害者の人は、非常に問題が多いそうです。
と言うのは、仕事上で人間関係を作るということがうまくできないそうです。
ごく当たり前の報告・連絡・相談とか、約束を守るとか、人を手伝うとかチームプレーとかそういったことができないそうです。
特に先天的に障害を持ち生まれてからずっと長い間福祉施設に入っていた人がそうなんだそうです。
つまりどういうことかというと、彼らは常に「福祉を受ける立場」てあったため、自分自身が他人のために何かをするという発想はできないそうです。
つまり「人の役に立つ」ということの意味が分からないようなのです。
仕事というものは「人の役に立つ」ことをするからこそ、その対価として報酬をいただけるのだ。
モノ作りにしても「人の役に立つものを作る」からこそ買ってくれる。サービスも同じ。
人の役に立つサービスをするからこそ、お金を払ってくれる。
これがビジネスというものだ。
しかし、長い間「福祉サービスを受ける立場」にいると「自分は受ける立場」から脱しきれないそうです。
これは仕事上のコミュニケーションに大きな問題を起こすそうです。
本人は決して悪いことをしているつもりは無いのですが、ごく普通の「協力」というようなことができないそうです。また、仕事をがんばって稼ごうとか、向上心がないそうです。
このことを聞かされて本当にびっくりしました。
過剰な福祉サービスは人間をダメにしてしまうんだと感じました。
人間は一人では生きていきません。人と人とがを互いに協力して生きていくために助け合う
これが社会的動物といわれるゆえんです。
人間の脳の前頭葉部分には共感脳というものがあるそうです。これが発達している人ほど社会的な共同作業ができるそうです。なぜなら相手に対し「心情的理解」ができるからだそうです。
相手の立場を理解でき、それを自分に置き換えて、相手が何を望んでいるかと推測できる能力。
これが人間にしかない能力で、それをつかさどるのは脳の前頭葉部分だそうです。
この前頭葉部分は集団生活をすればするほど発達するそうです。
大家族で育った子どもの方が発達しているそうです。逆に核家族化で一人っ子の場合、前頭葉の発達が遅れるそうです。

確かに社会的弱者としての先天性の障害を持つ人達は、助けていなければならないのですが、
過剰な福祉というものをもたらす問題点を知りました。
そう考えると福祉とは非常に難しいものだと思います。
「甘えの構造」に陥ってしまう危険があるのだ。

振り振りかえって自分を見ると、障害を持っ負っても、(経営者だったから)労災年金もでず、
サラリーマンのように、雇用続けられ、収入をもらうこともできず、まったく無収入になってしまった
状態になったからこそ、自ら這い上がるしかなく、だからこそ、今の自分があるのだと思う。
人間は、追いつめられるからこそ、生き抜くために必死で考え、その結果として良い知恵がわき創造ができるのだと思う。

今、日本で問題となっている環太平洋経済連携協定(TPP)に参加するかどうかについても
日本の農家を見捨てるのかという反発もあるようですが、だからと言って農家の個別補償などという「保護」をして良いのか。これも上記の福祉と同じ問題をはらんでいると思う。
世界の競争にさらさ苦しいからこそ知恵を出すのではないだろうか。個別補償などしてしまったら
何も考えなくなってしまうのではないだろうか。

コメの関税率をして愕然とした。なんと778%!!!!!
信じられない数字だ。
長い間この事をしているから、日本の農業が駄目になってしまうのだ。
「食糧自給率を高めるために農業を守らなければらないから、海外からの輸入食糧に高い関税をかける」
本当にそれで良いのだろうか