Co2悪者扱いと脱炭素社会という言葉の違和感

何かといえば、CO2排出するものはいけない CO2削減!
こんな言葉がテレビなどのメディアを通して耳に入ってくる。
世はまさにCo2こそ天下の大悪人であるという風潮だ。

しかしちょっと待てよ・・
先日ノーベル化学賞を受賞した鈴木章北海道大学名誉教授の下記のコメントが
元々化学屋だった僕の心にひっかかった。

科学や技術の進歩がなければ人類の将来はない。石油はまだ枯渇しないが、有限であることに変わりはない。化石燃料に変わるエネルギーとして原子力が注目されているが、最終的には炭酸ガス二酸化炭素)だ。炭素は物質の骨格となる元素でもある。近い将来にはかなり難しいが、炭酸ガスを炭素の資源にまで戻すことを考えねばならない」

これを聞いた瞬間「そうだ、炭素は物質の骨格となる元素でもあり、更にCo2は生命の根源ではないか。」と思った。

小学生のときに習った「植物の光合成」を考えてみればわかる。

光合成とは下記のような物質の変化を起こす。

         光
         ↓
二酸化炭素 + 水 → 植物の成長 + 酸素

植物は日光が当たると二酸化炭素を取り込んで葉緑体の中でデンプンを作り、
生物はそれを使って生きているのだ。

生命の根源であるたんぱく質アミノ酸から構成されている
そのアミノ酸の元はカルボキシル基-COOH つまり、CO2+Hなのだ。
地球上の生物はその進化の過程で光合成という氏偉大な能力を生物進化の過程で獲得したのだ。
現在ヨーロッパでは二酸化炭素による地球温暖化防止のために二酸化炭素の固定化技術の開発に
取り組んでいる。しかし生物は既に光合成という二酸化炭素の固定化技術を獲得していたのだ。
そして植物の光合成によって固定化された二酸化炭素化石燃料として人類の重要なエネルギーになっている。

あのチャールズダーウィンの言葉に下記のような言葉があります。
「誤って事実とされたことは、長い間常識としてそのままにされがちなので、科学の進歩にとって極めて有害である」
現在CO2に対する認識がまさにそうなってはいないだろうか
CO2の存在を地球温暖化の犯人という一面的な側面から捉えてしまっているのではないだろうか。
今こそ人類はCO2の有効活用の研究を本気で考えなければならないのではないだろうか。

僕は思います
人工光合成のような技術ができれば、ノーベル賞どころではない人類にとって世紀の大発明になるのではないだろうか。鈴木教授の言葉はこういうことを言いたかったのではないかと感じています。