日本の町工場の技術力にとって本当は円高は驚異ではない

富士通がとうとう海外からの部品調達を止めた。
なぜか。
それは部品の制度の問題である。
メイド・イン・ジャパンに勝る精度の部品はないからである。
もうコストではない。
「価値」が重要なのである。「価値」とは品質である。
いくらコストが安くても「価値」のない製品は必要ないのである。
極端な話、いくらコストが安くとも中国製の毒入餃子は誰も買わないのである。

まして、今の「価値」現在の通貨で評価されている。
以前の記事にも書きましたが、現在の通貨は、本来の通貨に役割を果たすことができていない。
貨幣経済は崩壊に近い状態である。
資本主義経済が始まって以来、これほど通貨に対する信用がなくなったことは無いのではないだろうか
「価値」を評価するのはもう通貨にはできないと感じる。
「価値」を評価するのは人間である。
これほどまでに通貨に対する信用をなくさせてしまったのは、マネーゲームにいそしんで
金融機関(リーマンブラザーズの筆頭に先進諸国の銀行)の責任である。
日本の銀行にも大きな責任がある。
彼ら自身、日本の中小企業の技術力の「価値(新規性・将来性)」を評価する能力するがないのである
だから本当に優秀な技術を持つ中小企業に対して、投資ができない。それどころか銀行にとってはほとんどノーリスクに近い融資(焦げ付いたときには国民の税金で穴埋めしてもらうから)さえできないのである。
だから金融屋がもて遊んでいるとしか思えない為替に振り回される必要は無いと思うのである。
もう通貨にはモノの価値を評価する力はないと思う。
日本の優れ技術力はは、どんなに円高になりで海外からはコスト高であろうと必要とされるものになるだろう。
今まさに、本当に優れた製品や技術やサービスが持っている「価値」が重要な時代に大きくパラダイム転換していると思う。
最近現在の超円高で、日産が、全部品を海外から調達する車「マーチ」を世に送り出し、話題になったが、これカルロスゴーンさんが大変な間違いを犯してしまったように思っている。
どんなにコストが高くても精度の高い、信頼性のある部品でクルマを作るべきではないか。
そして僕は、日本は「高精度な世界の部品工場」になればよいのではないかと感じている。
日本で作った部品で組み立てた製品は最高のものであるというジャパンブランドを確立すれば、
日本は今後大きく発展していくのではないかと期待している。
しかもそれは日本の大企業ではなく、日本の中小零細の町工場が主役なのだ!
僕は今進めようとしているNPO法人の事業によって、日本の町工場が主役になりジャパンブランドが確立される世の中を実現するための支援をしていきたい。