勘を働かす



サムライ・・
真剣を持って敵と相向かう・・
緊張した瞬間・・白刃がキラめき、打ち込む
斬り込まれる瞬間、相手の剣をはね、飛び退り、逆に斬り込む
目にも止まらぬ早技である

そこに理屈はない

相手の刃が右から来た、だからこれを右にはね、身体を切り返し、
一歩下がって左から斬り返そうなどといちいち考えながら打ち合ってなどいない。

目には見えぬ気配のようなものを感じ取りからだ全体にひらめく一瞬の勘で
咄嗟に斬り返す動作である。
しかしそれは、理屈で考えた以上に正確に且つ的確に動作し、相手を倒す。

勘というと非科学的なものと考えがちだがそうではないと思う。
これは日頃の修練から積み重ねた経験から生まれるものである思う。

人間は修練に修練を重ねると科学の力も及ばぬのほどの正確さをもつこと
ができるのであると思う。

それは人間の脳のなせる技であるのではないか。

人間の脳が蓄積できる情報量は無限に近い。

修練を重ねれば重ねるほど、情報の蓄積量は無限に蓄積されていく。
それらの無限大の情報から、瞬時に正確な直感を働かせることができるのである。

脳細胞の組織は米粒程度の大きさの中に10万個のニューロンとx200万本の
軸索と100億個のシナプスのオン・オフ機能と相互の
コミュニケーションで判断しており、その順列・組み合わせの数は 論理的には
全宇宙素粒子量より多いという。

世界一といわれる日本のスーパーコンピューターの処理能力を超える可能性さえあると思う。
一人の人間の脳細胞の組織は米粒程度の大きさの中にこれだけの処理能力があるのである。

近年、猛烈なスピードでコンピューターの普及が進んでいる。
何かといえばコンピューターによる分析や解析をする傾向にあると思う。

医学でいえば、最近はCTやMRIなどの電子機器により身体をスキャンし、分析し
診断することが最先端医療でもてはやされ、一部の脳神経外科医院などは
最新のCTやMRIなどの機器を取り揃え、最先端の人間ドッグができることを
アピールしている医院を見かける。
というか、近所にそのような脳神経外科医院がある「マルチCT完備!」「MRI画像診断可能!」
というびっくりするような大きな看板を立てている。
私は去年医院に脳卒中後のかかりつけ医になってもらおうと行った。
ところが、その医院の院長の言葉に驚いた。
中枢性疼痛に苦しんでいた私は、するその先生になんとかならないのか聞いてみた
すると「脳卒中の後遺症だからそれは治りません治らないから後遺症というのですだから
受容するしかありません」という驚くべき話を僕にした。
正直ショックでした。全く患者の心のケアができていない
その上「あなたはモヤモヤ病を起因とする脳出血なので再出血の恐れがあります。だからうちの病院では手術設備もないので
対応できません他の○○脳神経外科病院に行ってください」と言われた。
これには開いた口が塞がらなかった。
何億もする高価な検査機器はそろえていて検査はできるが対処はできません??それで医者か・・
たぶん儲かる脳ドックとやらばかり患者に薦めてリスクの高い手術はしないという方針なのだろう。
正に金もうけ主義が丸見えである。

医療にしても最先端の電子検査機器に頼るよりも、患者の容体を、自らの五感を通して感じ取り、
まさに自分の修練と経験などの積み重ねによる「勘」により診断する方は大切なのではないだろうか。

エンジニアリングの世界でも同じである。
日本の中小企業のエンジニアリングの「匠の技を持つ」と言われる職人さん達は、
こういう長い間修練に修練を重ねた経験から生まれるコンピューター制御でさえかなわない正確さで加工できる
「勘」を持っているのである。

日本はもっとこういう職人さん達を大切にし、世界にアピールすべきだと思う。
大企業の下請け業者としてコストダウン要求ばかりして、生活の出来なくなるくらいの
低賃金で扱うのはおかしいと思う。
そしてこの職人さん達の持つエンジニアリングの「勘」を若者にも伝承し、育成する土壌をつくるべきだと思う。
若者たちに、こういった職人さんになることを夢として持つことができ、職人さんになれることが誇りに思えるような状態にいなければならないのではないか。

でなければ、日本の技術力の未来は本当に危ないと思う。